なぜフェラーリはル・マンでトヨタに勝てた? 24時間走っても大接戦になる理由とは。
なぜ24時間走っても大接戦に?
レース後の記者会見で、このフオコの隣に腰掛けていたのがトヨタ7号車を走らせた小林可夢偉だった。予選で赤旗中断を招いた責任を問われ、ハイパーカー・クラスの最後尾にあたる23番グリッドからスタートした7号車は、レースが始まって3時間が経過した頃には優勝争いに加わる速さを披露したものの、2度のパンクやエンジン・セッティングに関連するトラブルもあり、最終的には50号車と14秒差の2位でフィニッシュしていた。ちなみに、可夢偉は2021年には総合優勝を果たしているが、2位フィニッシュが通算5回を数えるほど、ル・マンでは悔しい思いを重ねてきたドライバーである。 その可夢偉が、隣のフオコに向かって、こんなことを問いかけた。「夜の時間帯にインディアナポリスコーナーで追い越したとき、僕がなにをしたか覚えている?」 するとフオコは笑顔を浮かべながらピースサインを掲げたのである。 「そうなんですよ。インディアナポリスは300km/h以上のスピードで通過するんですが、追い越し際にフオコにピースサインを送ったら、彼も間違いなく僕のほうを見ていて、こちらに向けて『イエス』とばかりに頷いたんです!」 このコメントに記者会見場は爆笑に包まれたが、直後に私は疑問を抱いた。「なぜ、可夢偉はそれほど簡単にフェラーリを追い越せたのだろうか?」 これには、ちょっとした秘密がある。 前述したとおり、今年のル・マンは近年まれに見る接戦となったが、これは主催者が実施する性能調整(BoP=Balance of Performance)によって実現されたものといって間違いない。 ル・マンは世界耐久選手権(WEC)の一戦として開催されていることは皆さんもご存じのとおり。そのWECではメーカー間のパフォーマンス差を最小限とするため、1戦ごとに車重、最高出力、1スティントで使用できるエネルギー(実質的に1回の給油量に相当)などをメーカーごとに定めている。これが性能調整と呼ばれるものだが、ル・マンではこれにくわえてパワーゲインと呼ばれる規定が導入された。 パワーゲインの最大の特徴は、これまでは速度に関わらず一定とされてきた最高出力を、250km/h以上の速度域のみパワーを上乗せしたり、反対に差し引いたりできる点にある。ル・マンでの性能調整を具体的に記すと、フェラーリとトヨタの最高出力は508kW(約690ps)で横並びだが、250km/h以上の速度域ではフェラーリがここから0.9%(約6.2ps)差し引かれるのに対して、トヨタは2.6%(約18ps)上乗せされていたのだ。つまり、前述のインディアナポリスでは、トヨタはフェラーリより24psほど大きなパワーで走っていたことになる。 もちろん、可夢偉がフオコをオーバーテイクできたのは、この出力差だけが理由ではあるまい。ただし、このような性能調整があって、初めて今回のような激戦が繰り広げられたことは覚えておいたほうがいいだろう。