91歳現役杜氏が私に教えてくれた不屈の精神
◆「NOGUCHI-酒造りの神様-」農口尚彦氏の酒造りに密着したドキュメンタリー映画
さて、能登など石川県には取材に行くことも多く、なかには何度もお会いした方もあります。なかでも、1年に数回、継続的にお会いしているのが農口尚彦さん。16歳で酒づくりの世界へ入り、90歳を超える現在も現役で酒づくりを続ける農口杜氏は「酒づくりの神様」と呼ばれ、能登杜氏の代表的な存在ですが、このほど杜氏の酒づくりに密着したドキュメンタリー映画が完成したと聞き、さっそく拝見しました。
「酒造りの神様」と言うと仏様のようなニュアンスがありますが、別名「酒造りの鬼」とも呼ばれているそうでして、90歳を超えた今も酒造りの現場に入るとピリリとした緊張感を漂わせる杜氏。この作品のなかでは自宅でくつろぐオフショットもふんだんに収録され、今まで見知らなかった新たな杜氏の一面を知ることができました。
映画のくわしい内容はネタバレになってしまうため割愛しますが、私がこの作品から感じ取ったのは農口杜氏の不屈の精神。「若いころは自分が造りたいと思う酒を追求していたが、ある時飲む人に合わせた酒を造ろうと」気持ちを切り替えた杜氏は終始、“飲む人”の気持ちに寄り添った日本酒を追求しています。たとえば本作品の中で杜氏が取り組んでいた山廃の大吟醸酒は、日本酒を食中酒として食事を楽しみながら飲む昨今の風潮に合わせて、キレや酸が際立つ仕上がり。鑑評会で表彰されるような、それだけで飲んで美味しい日本酒とはちょっと違う仕上がりです。 75年間一筋に日本酒を造り続けてきて「もっと、もっと(良いものを)」と思えるその原動力は何なのでしょう? まずは恵まれた体力、ルーティンを繰り返し、自分を律する精神力、そして何より負けん気の強さ?? おそらくそのどれもであり、他にも要因はたくさんありそうですが、私がどんなコンディションでこの映画を観るかによって受け取れるメッセージも変わってくるのかもしれません。常より「80歳まで仕事する!」と自分に言い聞かせている私ですが、心や身体が疲弊しそうになった時、またこの作品を何度でも見返すことでしょう。