【毎日書評】それ、過剰敬語です。不自然な「盛りすぎことば」使っていませんか?
『その敬語、盛りすぎです!』(前田めぐる 著、青春新書インテリジェンス)というタイトルを見て「あー、わかるわかる!」と感じた方も多いのではないでしょうか。しかし著者によれば、ここでいう「盛りすぎ」には2つの意味があるのだとか。 一つ目は、過剰な敬語。言葉そのものの盛りすぎです。二つ目は、自分を必要以上に良く見せようとする盛りすぎ。炎上や誹謗中傷を招かないよう自己防衛本能が働くのでしょう。SNS時代ならではの背景が色濃く影響していると考えられます。 (「はじめに」より) いずれにしても、周囲に気を使いすぎたり空気を読みすぎたりすることで、誤用や誤解が生じてしまうことが少なくないわけです。 ちなみに著者は、自称“敬語マニアのコピーライター”。長年にわたり、ことばをツールとして“生活者と企業のコミュニケーション”を発想し続けてきたのだといいます。 言葉は人と人とをつなぐ糸。ちょっとした違和感があれば、その言葉を解きほぐし、紡ぎ直します。大切なのは、正しさ以上に「ほどのよさ」。盛りすぎないほどよい敬語を生かせたら、目の前にいる相手を大事に思う気持ちをさりげなく表せます。(「はじめに」より) もちろん、それはビジネスにおいても同じ。盛りすぎないことばを駆使することができれば、ごまかしとは無縁の、本質をとらえた会話が成り立つわけです。 そうした観点から、さまざまな「盛りすぎ」なことばを指摘している本書の2章「その敬語、へりくだりすぎです」から、いくつかをピックアップしてみましょう。
「がんばらせていただきます」
たとえば発注先から「見積もりの額、もう少しなんとかなりませんか」と頼まれたときなどに、「ご希望に添えるようがんばらせていただきます」というような返答をしてしまうかもしれません。しかし、これは典型的な過剰表現。 そもそも「させていただきます」は、「許可を得て行う」と見立てて使う謙譲表現。したがって「がんばらせていただきます」といってしまった場合、「相手が無理強いしたからがんばる」かのようなニュアンスが生まれてしまうのです。 何よりも「頑張る」という行為は、自身の強い意志によるもの。文法云々ではなく、こうした内面に関する言葉は直接の敬語にはなりにくいのです。さらに、他人の許可を得ることでもないため、「させていただく」という言葉とはなじみません。 その上で、発注先に対して丁寧に述べることで感謝の気持ちを表したいわけですね。 「ご希望に添えるよう、精一杯努力いたします」 「ご希望に添えるよう頑張ります」 こう答えれば、賢明で潔い印象を与えるでしょう。 (68~69ページより) なお、他人に対して「がんばれ」という方もいらっしゃいますが、「がんばる」は本人の意志に関わることなのですから、それは余計なお世話になる可能性が。そういう場合は、「応援しています」など、応援したい気持ちをさりげなく伝えるほうがよさそうです。(68ページより)