混迷が続く103万円の壁対策の協議と与党税制改正大綱
巨額の税収減のマイナス面を上回るプラス面があるか
国民民主党が主張するように、基礎控除等を178万円まで一気に引き上げれば、7兆円~8兆円の巨額な税収減が国と地方に生じる。他方、8兆円の恒久的な所得減税を実施した場合、実質GDPの押し上げ効果は1年間で+0.4%程度と試算される(内閣府、短期日本経済マクロ計量モデル(2022年版)による)。また、成長率の押し上げ効果は、概ね1年程度で一巡する計算だ。 税収に大きな穴をつくる一方、景気浮揚効果としてはさほど大きくはない。税収減というデメリットに見合う経済的なメリットを得られる訳ではないと言えるのではないか。 所得減税はその3分の1程度しか個人消費の押し上げなどに回らず、多くは貯蓄増加に回ると考えられることから、景気浮揚効果は大きくない。その結果、税収増加効果も大きくならないのである。 8兆円の所得減税を行った場合、それ以前と比べて年間6兆円台の税収減がその後も残ってしまう計算だ。減税が景気を浮揚させ、税収を増加させることから財政は悪化しない、あるいはその財源を確保する必要がない、との主張は現実的ではないだろう。 この点から、単純に国民民主党案のように基礎控除等を178万円まで一気に引き上げる施策は適切ではないのではないか。 103万円の壁など税収の壁は、労働調整を通じて人手不足を深刻化し、また低所得者の所得増加を阻んでおり、それを見直すことは重要なことである。しかしこの2つの問題に対応するのであれば、基礎控除等を178万円まで一気に引き上げる必要は必ずしもないだろう。あるいは、基礎控除等を178万円まで引き上げる場合でも、それを低所得層に限るという選択肢もある。 現在、経済は比較的安定しており、需給ギャップもほぼゼロの状態だ。こうしたもとで、巨額の所得減税で景気浮揚を目指す必要性は乏しいはずだ。さらに、財政環境が非常に厳しいことを踏まえれば、減税は物価高の悪影響を大きく受ける低所得層に焦点を当てるものとすべきであり、高額所得者ほど減税規模が大きくなる基礎控除などの一律の大幅引き上げは、妥当ではないのではないか。 また巨額の税収減を国債発行で賄うことになれば、それは将来の国民の税金によって返済されることが前提となる。支援すべき低所得者も含めた幅広い国民の将来の負担を増加させてしまうのは、適切ではないだろう。