蜜月の関係が生んだスーパーカー「メルセデス・ベンツ SLR マクラーレン」
マクラーレンにエンジンを供給(1995~2014年)
マクラーレンについては、もはや多くの説明は要さない。1963年にブルース・マクラーレンによって設立されたイギリスのレーシングチーム。1966年からF1に参戦し続けている名門チームである。
1970年6月2日、グッドウッドサーキットで新車M8Dをテストドライブしていたチームのボス、ブルース・マクラーレンがマシントラブルでクラシュし死亡したが、チームの運営はテディ・メイヤーに引き継がれ、F1、F2、インディ500、Can-Am等に参戦し、目覚ましい活躍をした。1974年にはマールボロと契約し、以後「マールボロ・カラー=マクラーレン」の関係は長期に亘り続いた。
1981年、ジョン・バーナードが設計したカーボンファイバー製モノコックを採用した初のF1マシン・MP4/1がスタートした。ワトソンがイギリスGPで優勝するが、一方このカーボンファイバー製モノコックボディは他のチームメイトがレースでクラシュを起こしても、ドライバーは無傷で生還しその安全性を証明した。1994年、MP4/9に前年のフォード・コスワースからワークスのプジョーエンジンに乗せ換えて参戦するが、度々のエンジントラブルでリタイアした。これに業を煮やしたマクラーレンチームは複数年契約だったプジョーとの契約をわずか1年で破棄する事に決め、翌年の1995年にはイルモア(イギリスのF1用エンジンビルダー)が開発するメルセデスエンジンに変更する事をシーズン終了前に発表した。すでに、メルセデス・ベンツは1990年代初めにはこのイルモアに資本参加し、インディカーやF1に復帰。1993年にイルモアエンジンをConcept by Mercedes-Benzとしてこの年から同じF1へ参加したスポーツカーレースのパートナー・ザウバーに提供した。
1994年から正式にF1への復帰を宣言し、ザウバーにメルセデス・ベンツのバッジを付けたエンジンを供給した。そして、先述の通り、マクラーレンの意向を受け、1995年からザウバーからマクラーレンに供給先を変更した。マクラーレンは1997年からスポンサーをマールボロからウエストに変更し、同社のタバコパッケージをもじってマシンのカラーをシルバーに変更。以後、メルセデスエンジンを搭載したマクラーレンがシルバーアローと呼ばれた。メルセデス・ベンツは2009年にはフォース インディア(レーシングコンストラクター)、ブラウンGP(イギリスのレーシングチーム)にもエンジンを供給した。