『ゴールデンカムイ』キャラクターの座る場所にも意味があった!? 監修者が明かす、とてつもなく細かなこだわり
宝物を奪う「戦い」の物語
物語や伝説の中では、このイヨイキㇼ(宝壇)の宝物を奪うためにトパットゥミというものが襲ってくる話がたくさんあります。 トパットゥミというのは、トパㇻとトゥミという言葉からできていて、トゥミは「戦い」なのですが、トパㇻという言葉は日常会話ではあまり使われません。しかし、知里真志保の『地名アイヌ語小辞典』には「topar(忍びの術)tumi(戦)」と書いてあり、これがどうも語源のようです。 「忍びの戦」という名前のとおり、トパットゥミは夜やって来ます。そして人々が眠っているところを襲って、赤ん坊にいたるまで皆殺しにして、シントコなどの宝物を奪って行くのです。そして、物語の中では必ず子供か赤ん坊が生き残っていて、成長してから復讐を遂げるという展開になります。 神窓からイヨイキㇼのあたりは、お祈りなどの用のない限り、普段歩き回るところではありません。特に、右座から左座、あるいは左座から右座に移動する時に、横座を通り抜けてはいけません。昔は研究者でもそれをやって怒られている人がいました。 反対側の席に行きたい時は、必ずウトゥㇽ「火尻座(ひじりざ)」、つまり入口の方を回って移動しなければならないことになっています。 ちなみに、人が座っているところを通る時には、その人の後ろを通ってはいけません。近年ではそういう習慣もなくなっているようですが、本来は座っている人の前を通るのが作法です。 囲炉裏の近くに人が座っている場合には、その前は通りにくいわけですが、その時は座っている方が後ろに下がって、前を通してあげなければいけないことになっています。
家の中で、どこに物を置くか
漫画の連載中は、野田先生がいろいろ資料を調べてそれに沿って絵を描かれていましたので、どこに物が置いてあるかということはさほど問題にならなかったのですが、アニメや実写映画を作る時には、どこに何を置くのか漫画にはない部分まで決めておかなければならないので、その監修にあたってはいろいろ苦労しました。 昔の文献を眺めていても、日常のそんなに細かいところまで書かれているものはそうそう残っていないのです。 2巻11話の絵を見ていきましょう。杉元の背中の奥に見えているのが、入口のセㇺ「土間」で、そこに置かれているのはニス「臼」です。 セㇺ(あるいはモセㇺ)にはニスの他にイユタニ「杵」やシッタㇷ゚「鍬(くわ)」など外で使う道具を置きます。靴は表で脱いで、セㇺに置いて屋内に上がります。 この絵の中にはありませんが、上り口にルトムンキという足拭き用の茣蓙(ござ)が置いてあるところもあります。 フチの左奥にはイテセニ「茣蓙織機」が見えます。これはもちろん茣蓙を織る時にはもっと前の方(囲炉裏の方)に持ってきて使うものですが、使わない時には壁際に置いておきます。 炉の真ん中に炉鉤(ろかぎ)から下がった鍋が見えます。その炉鉤が下がっているのはトゥナ「火棚」と呼ばれるもので、ここに肉や魚や山菜などをぶら下げて、干して燻製(くんせい)にして保存食料にします。 フチのすぐ左にぶら下がっている丸いドーナッツのようなものは、オントゥレㇷ゚アカㇺあるいはトゥレㇷ゚アカㇺといい、トゥレㇷ゚「オオウバユリ」の根からでんぷんを取った後の、繊維質の部分を発酵させて固めたものです。 フチの右下にあるのはアペキライ「灰ならし」で、炉の中の灰を平らにするものですが、直訳すると「火の櫛(くし)」ということで、火のカムイの髪の毛を梳かすようなイメージなのかもしれません。 その右にあるのはラッチャコ「燈明台」で、ホタテ貝の殻に油と灯心を入れ、三又に分かれた枝の上に載せて、灯りにするものです。2巻14話にラッチャコ全体を示した絵があります。 ちなみに油は何でもいいのですが、タラの肝臓から油(要は肝油ですね)を取る映像を見たことがあります。鍋で乾煎りするだけで、そのうちに溶けて油になってしまいます。肝臓というのはほとんど油でできているのだというのが、よくわかります。 炉の右側の一番上手には、イナウが2本立ててあります。これが火のカムイに捧げるイナウで、地方によって呼び名は違いますが、沙流地方ではチェホㇿカケㇷ゚と呼んでいるタイプのイナウを立てます。 この家は5年前にウイルク(アシㇼパの父親)がいなくなって以来、男手はありませんし、イナウは女性が削るものではありませんので、アシㇼパの叔父あたりが削って立ててくれたものと思われます。