『交通事故鑑定人 環倫一郎』作者・樹崎聖の『オートモビルカウンシル2024』見聞録「後編:エンジンとスポーツカーよ、永遠なれ」
2024年4月12~14日にかけて千葉市美浜区にある幕張メッセ・ホール9/10を会場に『オートモビルカウンシル2024』が開催された。今回は『交通事故鑑定人 環倫一郎』(原作:梶研吾)や『Eunos』『ZOMBIEMEN』(共著:岡エリ)などの作品を執筆している漫画家の樹崎 聖さんとショーを回った。オートモビルカウンシルの会場で内外の様々なヒストリックカーを堪能した筆者と樹崎さんは解散前に暫しのコーヒーブレイク。イベントの感想のほか、ヒストリックカーから見えてくる現代のクルマについて疑問点について意見を交換することになった。 REPORT&PHOTO:山崎 龍(YAMAZAKI Ryu) 【画像】『オートモビルカウンシル』の醍醐味はやはりスポーツカー。
ヒストリックカーはなぜノーズが低く、現代のクルマはなぜフロントエンドが厚くなったのか?
会場をひと通り回ったところで、解散前に休憩スポットでコーヒーブレイク。飲み物を片手に初来場となった樹崎さんにオートモビルカウンシル2024の感想を聞いてみることにした。 「いや~、面白かったですね。入場料がちょっと高め(※)ですが、古今東西の名車がたっぷりと見られて、ライブ演奏やトークセッション、アート作品展や自動車関連商品の販売など内容が盛り沢山なので、クルマ好きなら1日楽しめるイベントだと思いますね」 (※初日が6500円〈前売り〉/7000円〈当日〉、2/3日目が4300円〈前売り〉/5000円〈当日〉) 「ヒストリックカーはとくにスタイリングが美しいですね。最近のクルマはウェストラインが妙に腰高で、フロントエンドがボテッと厚ぼったいところがどうにも気に入りません。1960~1990年代に作られたクルマはノーズが低くてカッコ良く、精悍な印象を受けます」 クルマのウェストラインが高くなり、フロントエンドが厚みを増したのは2003年からわが国のJNCAP(自動車アセスメント)に歩行者頭部保護性能試験が追加されてからだ。これにより日本車はもちろんのこと国内で販売される輸入車も歩行者事故の際に、頭部の衝撃を和らげるためにエンジンとボンネットの間にクラッシャブルゾーンを設けなければならず、昔のように低いノーズのクルマを作ることができなくなった。一応、衝突を感知してボンネットが持ち上がるポップアップフードやボンネットエアバッグ、あるいはエンジンをドライサンプ化することで搭載位置を下げるなどの方法を取ればフロントエンジン車でも低いノーズにできなくはないのだが、パッケージングやコストの制約もあるのでなかなか難しい。 現実問題としてJNCAPの歩行者保護がどの程度効果があるのか筆者は疑問に感じるところではある。ボンネットのないワンボックス車やトラックではまったく効果を期待できないし、ハイトワゴンやミニバンなどの短いノーズの車での効果は限定的なものとなるだろう。なんともなれば、これらの車両が歩行者事故を起こせば頭部は硬いフロントガラスにぶつかることになる。しかも、国内で販売される新車の4割を占めるのが軽自動車、そしてその主力となるのはノーズの短いハイトワゴンだ。登録車でも販売の主力はコンパクトカーやミニバンが人気となっており、歩行者保護が十全に機能する車高が低くボンネットの長いセダンやワゴンの販売は近年極めて低調となっている。そもそも歩行者事故が発生した場合、歩行者は跳ね飛ばされて地面と接触するケースがもっとも多い。 限定的な効果しか期待できない歩行者頭部保護性能がJNCAPに取り入れられた背景にあるのは、じつのところ政治的な要請で決められた……という説もある。アメリカ主導のCAFE(corporate average fuel economy:企業別平均燃費)規制、欧州主導の自動車排出規制に対し、自動車大国としてわが国も欧米に対する交渉カードとして日本発の規制を立ち上げるべく、歩行者頭部保護を持ち出してきた……という話だ。 筆者がこのように述べると「理由は何であれ事故の死傷者が減るのは良いことではないか」と言う人がいるかも知れない。たしかに日本の交通事故死者数のうち31%は歩行中によるものだが、アメリカやドイツ、フランス、イタリアなどの欧米主要国の歩行中の事故の割合は11~13.4%に留まる(ともに1999年のデータ)。すなわち、日本政府は歩行者保護という正面切っては反対できない錦の御旗を掲げたのを良いことに、歩車分離も十分にできていない交通インフラの脆弱さという国内事情を世界に押し付けたのだ。どの程度の効果があるかもわからない規制を強化する前に、インフラの整備や幼少期からの交通教育など、もっと国はやるべきことがあっただろう。 まあ、過ぎたことを今更言っても詮無いことだ。だが、結果として歩行者頭部保護要件のせいで自動車メーカーの開発負担を増やし、負担増により新車コストが引き上げられたことでユーザーのデメリットとなり、美しいスタイリングを作りにくくなったことで世界中のカーデザイナーの頭を悩まし、カッコ良いクルマが減ったことでファンを嘆息させることとなった。燃費規制や排ガス規制もそうなのだが、政治的なくだらない理由でユーザーを振り回さないでほしい。