高橋文哉は何のために働くのか「自分のために頑張るだけでは限度がある」
「針の穴に糸を通すような作業でした」 トンネルを抜けたかのような表情で、高橋文哉は撮影の日々を振り返った。 【全ての写真】高橋文哉の撮り下ろし写真&映画『あの人が消えた』場面カット 主演作が相次ぎ、今や「U-25の顔」と形容しても過言ではない活躍を見せる23歳。その最新主演映画が『あの人が消えた』だ。監督は、『ブラッシュアップライフ』の水野格。本作もまた伏線回収とどんでん返しが散りばめられた、リピート必至のミステリー・エンタテインメントとなっている。 だが、趣向を凝らしたトリックの数々を成立させるには、俳優には役にのめり込むのとはまた別の技量が問われる。「針の穴に糸を通す」ような精緻な作業と向き合った高橋の模索と挑戦の日々を追った。
感情と技術のはざまで
本作で高橋が演じたのは、配達員の丸子。コロナ禍で職を失った丸子は、人の役に立とうと運送会社に転職。膨大な仕事量に追われ、休む間もない日々を送っていた。 そんな丸子の唯一の癒しが、愛読しているWEB小説。しかも、その作者が自分の担当しているマンションの住人らしい。だが、そのマンションには憧れの作者をつけ狙っているストーカーらしき男が…。他にも怪しい住人が続々と顔を出し、事態は不穏な方向に。平凡な配達員だったはずの丸子は、思いもよらぬ事件へと巻き込まれていく。 「テクニカルな部分がたくさんある作品だ、というのが僕と監督の共通認識でした」 本作の難しさを、高橋はそう表現する。本作のような展開が二転三転する作品では、観客を引っ掛けるためにもあえてミスリードを誘引するような芝居を求められることがある。主人公である丸子もまたシーンによっては何を考えているのか読めない表情を見せている。 「ここは別のシーンの引っかけになるところだから、申し訳ないんですけど、あえてこういう表情をしてください、と監督からオーダーをいただくことが何度かありました。たとえばですけど、本当なら笑っているはずなのに、あえて沈んだ顔をするような表現をしなくてはいけない、という場面がこの作品の中ではよくあるんです。そうすると、俳優はその表情をするための感情を自分の中から持ってこないといけない。自分の中で違和感なくそのシーンに合った表情をするための感情の筋道を見つけることが、とても難しかったです」 観客を欺くための嘘。けれど、俳優はカメラの前で役として生きる以上、嘘はつけない。嘘を真実に変えるのもまた俳優の重要な技術の一つだ。 「丸子としてはこう思っている。だけど、観客のみなさんから見ると別の意味に受け取れる、というふうにしたくて。そのバランスについては結構気をつけました。監督が感情の面でも技術の面でもアドバイスをくださる方だったので、いろいろと助けていただきながら、なんとか乗り越えたという感じです」 それが、高橋の言う「針の穴に糸を通すような作業」だ。役の感情と、芝居としての見え方。その両方がぴたりとハマる落としどころを探っていく。 「サッカーでよく針の穴に糸を通すパスだって言うじゃないですか。あれと同じ感覚だと思います。ずっと心地が良くなかったはずなのに、ぷちっとハマった瞬間、するすると逃げ道ができたような気がして、気持ちが晴れるんです。今回の撮影は、その逃げ道を見つけるためにひたすら模索し続けた毎日でした。でも、その試行錯誤も含めてすごく楽しかったです」 俳優にとって、感情こそが表現の源泉。だが、その感情を自在に操るには職人的な技術が求められる。照明部や音響部と同じように、俳優部もまた専門的な技術職だ。高橋は、ギミックのつまった本作に挑戦することで、また一つ俳優としての技術を身につけた。 「デビューしたばかりの頃は、感情が正義だと思ってやっていました」 がむしゃらだった10代の自分を、懐かしそうに笑って回想する。 「今でも感情と技術を10:0でやれたらそれが一番。でも10:0をやるには、その感情を見せるための技術が必要なんだって、経験を積んでわかるようになりました。いくら感情を全開にしても、演者が気持ちよくなっているだけの芝居はよくない。ちゃんと観ている人に伝わらないと意味がないと思うんです。そのことに気づいてからは、とにかく現場でご一緒する先輩方の芝居を見て、盗めるものはなんでも盗もうというつもりでやってきました。今、あの人があそこでああいう動きをしたから役としてこう見えたな、という発見は全部インプットして、自分のシーンで使えそうだったら、どんどん真似をする。今、僕が持っている技術は、全部いろいろな先輩たちから得たものなんです」