高橋文哉は何のために働くのか「自分のために頑張るだけでは限度がある」
まだ見ぬ誰かに届けるために
ハードな仕事に追われる丸子にとって、好きな作家の書くWEB小説が生きがいだった。エンタメは、時に誰かの人生の活力となる。高橋にもかつてエンタメに励まされた日々があった。 「中学のときにバレーボールをやっていたのですが、ちょうど『ハイキュー!!』の連載が始まった時期で。よく『ハイキュー!!』の真似をして技の練習をしていました。部長もやっていたので、部長とはどういうものかも『ハイキュー!!』で学びました。『ハイキュー!!』で描かれている精神は、中学生の自分にはあまりにも大きかったけれど、それを自分の中で一生懸命咀嚼することで頑張るきっかけにしていたところはあったんじゃないかなと思います」 ピュアなティーンエイジャーだった頃に摂取したエンタメは、今も高橋の血肉となっている。 「この間、映画(『劇場版ハイキュー!! ゴミ捨て場の決戦』)も観に行きました。ずっとバレーボールを楽しいと言わなかった研磨が初めて楽しいって言うんです。僕はそこに感動して。楽しいっていう感情がどれだけ素晴らしいものなのか。改めて気づかされましたね」 人の役に立ちたい。その一心で配達員になった丸子。何のために、誰のために、働くのか。それは、すべての社会人にとっての永遠のテーマだ。もちろん高橋も例外ではない。 「僕もこの仕事を始めた最初のきっかけは、誰かの役に立ちたいという思いでした。人に感動を与えたり、人を笑顔にできることがこの仕事の喜びだって思っていました」 たとえば、初主演作である『仮面ライダーゼロワン』はまさにコロナ禍での撮影だった。緊急事態宣言により撮影も中断。その間、特別編を放送するなど変則的な編成となった。 「そのときも、こういう状況の中で自分たちに何かできることはないかとスタッフさんと話をして。単にこれまで放送したものを編集するのではなく、声だけ新しく録ってもらったんです。先の見えない中、自分の肉声が誰かの背中を押す力になればいいと思いましたし、それが、エンターテインメントにできることだと信じていました」 その想いは今でも変わらない。多忙なスケジュールに追われる中、応援してくれる人たちの存在が、高橋を支える原動力となっている。 「応援の力は、昔より今の方がより強く感じています。それこそ、デビューして間もない頃はもっとお芝居がしたいとか、自分のことでいっぱいだったんですよ。でも経験を積んでくると、自分のために頑張るだけでは限度がある。そのときに、代わりにエンジンになってくれたのが、応援してくださる人たちの言葉でした」 噛みしめるように、高橋は続ける。 「『この作品が面白かった』『次はこういう役が見たい』。そんな一つ一つの声が、明日も頑張ろうという力になりました。なので今でもお仕事と向き合うときは、応援してくださるみなさんがどう思うかを一つの基準にしています。『今までにない新しい役だ』でもいいし、『自分が好きだったあの役と似てる役だ』でもいい。応援してくださる方たちがワクワクするような仕事がしたい。見守ることが楽しいと思ってもらえる俳優でありたいです」 配達員が、一軒一軒に商品を届けていくように、高橋文哉は作品を通して夢や勇気を届けていく。 「ラジオのお仕事をさせてもらっているのですが、リスナーさんから『高橋文哉が出ている作品を見て俳優になりたいと思った。どうやったら俳優になれますか』というメールをもらったことがありました。それがすごくうれしかったんです。俳優は、名乗ればその日からだでも俳優になれる。必要なのは、覚悟と自信です。もし自分を見て本気でなりたいと思ってくれたなら本望だなと。自分のやってきたことが誰かに届いた気がして、僕が勇気づけられました」 映画にドラマにバラエティにCMに、高橋文哉を見ない日はない。今、最も忙しい俳優の一人と言えるだろう。それでも、高橋は音を上げたりしない。待っている人が、そこにいるから。立ち上がる元気を失った誰かのために、高橋文哉はエンタメを届け続ける。 取材・文/横川良明 撮影/映美 ■『あの人が消えた』 9月20日(金)より全国公開