LGBTQ+差別に対処する「仕組み」スウェーデン・ドイツ訪問記──連載:松岡宗嗣の時事コラム
ドイツの首都であるベルリンは、一つの都市で一つの州を構成している。初めて州として同性愛に関する部局ができたのが1989年。他の地域と同様に、ベルリン州でも性的マイノリティに関する取り組みの「アクションプラン(行動計画)」を作成している。 「暴力やヘイトクライム」「反差別」「歴史や追悼」「亡命や移住」「高齢者やケア」「健康」「障害」「生活困窮」「教育やユース、家族」「可視化」などテーマは多岐に渡り、交差性(インターセクショナリティ)も重視している。 ユニークな取り組みとしては、例えば2年に1度「レズビアンの可視化」に貢献した人に対して、市民ホールで表彰式を行っている。背景には、LGBTQ+といっても、白人ゲイ男性がフォーカスされがちという課題があり、より周縁化された人々の可視化に力を入れている。 ベルリンでは、「ベルリン・モデル」というLGBTQ+難民に関する包括的な支援の取り組みがある。出身国で差別や暴力の被害を受けてきたLGBTQ+難民は、ドイツに逃れてきたあと、すぐに自身の性のあり方を公言できるわけではなく、支援側も当事者へのアプローチが難しい。 ベルリン州ではLGBTQ+難民を特に「脆弱なグループ」と認定し、LGBTQ+に関する専門的なカウンセリングサービスや、LGBTQ+専用の難民シェルター、ベルリン難民局にLGBTQ+専門の担当窓口も設置。行政やシェルター、相談センター、警備員などの職員に対する研修も行っている。 アクションプランにおいても、LGBTQ+難民のための住宅プロジェクトの推進、LGBTQ+移民へのインタビュープロジェクト、移民とLGBTQ+をテーマにした「スタートアップ基金」、クィアでBIPOC(黒人・先住民・有色人種)の団体設立の支援などが検討項目に挙げられていた。
法律があれば「解決」ではない
今年は、スウェーデンとドイツの両方で法的な性別変更に関する法律に大きな変化があった。 スウェーデンでは、1972年に世界で初めて法律上の性別変更が認められ、これまで生殖不能要件の撤廃といった法改正を重ねてきた。今年4月に成立した新法で、さらに手続きが緩和され、16歳以上から、医師や心理学者との短い相談や、国立保健福祉委員会の承認を受けることで性別変更が可能になるという。 ドイツでは1980年に「トランスセクシュアル法」ができ、法律上の性別変更が認められたが、現在の日本と同様に生殖不能や非婚などの厳しい要件が課されていた。 連邦憲法裁の判断が続き要件は緩和され、今年4月には「性別自己決定法」が成立。医師の診断も裁判所の手続きもなく、市役所での簡易的な申告のみで性別や氏名を変更することができるようになる。 ただ、変更には熟慮期間として3カ月が設けられ、一度変更すると1年間は再変更はできない。また、法律上の性別の取り扱いに関する例外として、クオータ制や医療、スポーツ、性別に特化した施設へのアクセスなどの運用は今までと変わらないとされている。 ドイツでは、就職活動のエントリーシートなども含めて、性別は「男性」「女性」に加えて「多様(diverse)」という第三の性別が法的に認められている。もともとはDSD(性文化疾患)の当事者に対する措置として作られたが、性別自己決定法によりノンバイナリーの当事者も選択できるようになると言われている。