河合優実主演ドラマの原作ファミリー 「そうか。家族では、ダメだったのか」 ダウン症の弟がおしゃべりになった理由
そうか。家族では、ダメだったのか。
言葉以外にも、変化があった。 風呂上がりにリビングへ行くと、弟がいた。 シュピッ。シュパッ。 タオルを振りかぶっている。 「オオタニ、ショウヘイ、です」 「そっか、大谷翔平か」 だからなんだと言うのだ。 野球選手の形態模写もできるようになっていた。もともと彼は、野球などまったく興味がなかった。試合中継に目をくれたことすらない。ルールだって知らないはず。 「誰から教わったん、それ」 「かいとくん」 「そっか、かいとくんかあ……」 誰や。 そうか。家族では、ダメだったのか。 かいとくんの正体は、グループホームの同居人だった。 ああ、そういえば。 週末は実家で過ごした弟を、日曜の夜にグループホームへ送っていくと、庭でバットの素振りをしている青年がいた。 シュッとした長身、スポーツ刈りの髪、バット、そして着ている服の刺繡は『OHTANI』で、背番号17。彼が、かいとくんか。 「うわーっ、きっしゃん、髪切ったんか! めっちゃ似合ってるやん」 きっしゃんって誰や。散髪してきたばかりの弟は、頭をポリポリとかきながら照れていた。お前か。 「あとで野球しよや」 ふたりはグループホームへと楽しそうに吸い込まれていった。
必要だったのは対等な友だちの存在
かいとくんにも知的障害がある。野球はかいとくんが教えて、カラオケは弟が教えているそうだ。 かいとくんは年下なので、弟の方が先輩風を吹かせているように見える。友だちの話をするときの弟はどこか、誇らしげだ。 そうか。 家族では、ダメだったのか。 言葉を多く交わさずとも、わたしたちは、それなりにわかり合えるようになってしまった。家族だから。 弟が出かけるとき、母やわたしは彼の通訳もした。 言葉の壁で、弟を傷つけたくなかった。 弟に必要だったのは対等な友だちの存在だった。 でも、実際は違った。 「かいとくんと楽しく暮らしたい」という思いが、弟に言葉をしゃべらせた。 同じ家で生活していると、嫌なこともあっただろう。頼みたいことも、喜ばせたいこともあっただろう。うまくいかなくても、傷ついても、なにかを伝えたい相手。 弟に必要だったのは通訳ではなく、そんな対等な友だちの存在だったのだ。 「えっ、なに? もう一回言うてや!」 かいとくんが聞き、弟は繰り返す。ちょっとだけ言葉や身振りを変えて。 蚊帳の外に放り出されてしまった。わたしと母は、ほんの少し寂しくて、かなりうれしい。 もう大人で、新しい友だちなんかめったにできなくなったわたしは、かなりうらやましい。