他人を「許せない」感情の根源にあるのは? 脳科学者が説く、怒りを抑止する方法
「昔は良かった」は、脳の衰えのサイン
もしあなたが「昔は良かったなあ」という気分に頻繁に浸ることがあったら、注意した方がよさそうです。昔を懐かしむ行為は脳の前頭前野が老化しているサインかもしれず、正義中毒と根が同じかもしれないからです。 脳は、過去の記憶を都合よく書き換えるようにできています。つらかった経験や日常的な要素はそぎ落とされ、良いことだけを都合よく組み合わせます。思い出される記憶は相当美化されているかもしれないことに留意する必要があります。もっとも、美化されているからこそ、「良かった」と回想する対象になるとも言えますが。 例えば、「昔は良かったなあ。昭和の政治家はみなワイルドで、個性的で根性があって、リーダーシップにあふれていた。あの頃に戻るべきじゃあないのか?」という話が時々出てくることがあります。みなさんもどこかで聞いたことのある内容かもしれません。もしかしたら、共感する人もいるかもしれません。 しかし、記録を丁寧にたどってみれば昭和の政治家が現役であったとき、現在よりも良かった、と肯定できるような情報をどれだけ見つけることができるか、というのはなかなか難しいところだろうと思います。 当時のマスメディアは、同時代の政治家の問題点を突き続けていたでしょうし、もちろん、選挙のルールも異なっています。長い時間をかけて改革し、今に至っているはずなのですが、そうした点はなぜかあまり想起されることはなく、あるいは忘れ去られてしまいます。そういった流れを自覚せずに「あの頃は良かった」と言うのは、いかにも都合のいい言い分ではないでしょうか。 人間がしばしばこうした思いにとらわれてしまう背景には、脳の老化があると考えられます。老化によって前頭前野の働きが衰えると、どうしても新しいものを受け入れにくくなっていくからです。 こうした思考パターンは、さまざまな場面で見ることができます。昔懐かしい歌や映像作品ばかりを楽しむようになる、昔話しか面白いと感じなくなる、似たような食事しか取らなくなる、新しい人と知り合うよりも昔の知り合いとの再会を好むようになる......などなど、もちろんそのすべてが悪いと言うつもりはありませんが、こうした傾向が出てきたら、前頭前野の衰えを疑うサインになります。 そして、ここにも記憶の美化がつきまといます。昔の恋人を懐かしいと思っても、現在は容姿も性格も変化してしまっているはずですが、記憶のなかでは当時の姿のまま変わらない、ということがしばしばあります。ともすると、自分の方からひどいことをして別れたはずなのに、記憶のなかではあくまで仲が良かった昔のまま、甘い時間だけを都合よく覚えているということも起こりがちになります。 自分がしたことは忘れてしまっていても、自分がされたことは忘れられない、ということはよくあることです。気を付けたいものです。
中野信子(脳科学者)