銀河系の外からやってくる成長途中のブラックホール
これらの星の速度からブラックホールの質量を見積もることもできるのですが、Häberle氏らはそのブラックホールが少なくとも太陽の8200倍以上の質量を持っていると推定しており、これは超大質量ブラックホールへの成長途中の段階にあると言えます。過去の研究においてもω星団に中間質量ブラックホールが存在する可能性は示唆されていましたが、懐疑的な議論もあり、決定的な証拠に欠いていました。今回のHäberle氏らの研究は、個々の星の軌道速度からブラックホール質量を推定する方法であり、これは銀河系中心部にある超大質量ブラックホール「いて座A*(エースター)」の質量推定にも用いられる確度の高い方法です。
■銀河系に降ってくる中間質量ブラックホールは大質量ブラックホールの素なのか?
Häberle氏らの研究は、銀河がブラックホールと共に進化するプロセスを理解する上で重要な意味を持っています。 ω星団は銀河系の「ハロー領域」と呼ばれる場所に存在しており、銀河系の円盤面からやや浮いた位置(太陽系から約1万8000光年)にあります。ハロー領域とは銀河系の円盤をすっぽりと包み込む、ほぼ球状でとても広大な領域のことで、ここでは銀河系の外から降ってきた他の小型銀河がいくつか存在しています。 ハロー領域ではそれらの小型銀河の一部が銀河系の重力で粉々に砕かれ、その際にばら撒いた星が薄く散らばっています。ω星団はこうした小型銀河の中心部が砕かれずに残った、いわば芯のようなものだとされています。こうした事から、ω星団は元々は銀河系の外にあった小型銀河であり、その中で誕生した中間質量ブラックホールと共に銀河系に降ってきている最中にあると考えられます。 また一方で、銀河系のような大きな銀河は、過去にたくさん降ってきた小型銀河と合体することで作り上げられてきました。ω星団はそれらのひとつ(の残骸)でしかありません。つまり、過去に降ってきた無数の小型銀河の中にも同様に中間質量ブラックホールが存在したとするならば、それらの小型銀河が合体した際にブラックホールも合体し、現在の銀河系の超大質量ブラックホールである「いて座A*」へと成長したのかもしれません。こうした銀河合体を通してブラックホールも合体し、銀河と共に成長してきた可能性も考えられます。 ところで、2022年から「ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(James Webb Space Telescope: JWST)」が稼働を始めています。ウェッブ宇宙望遠鏡は老朽化が懸念されるハッブル宇宙望遠鏡の後継機として開発が始まった望遠鏡であり、ひょっとすると「これでついにハッブル宇宙望遠鏡もお役御免か」などと思っている方も多いかもしれません。しかし、今回のHäberle氏らの研究は、ハッブル宇宙望遠鏡の過去20年間の観測データの蓄積によって生まれたものです。「継続は力なり」と言いますか、ハッブル宇宙望遠鏡の歴史と意地を感じる研究だと言えるでしょう。 Source Häberle et al. (2024) - Fast-moving stars around an intermediate-mass black hole in ω Centauri (Nature)
文/井上茂樹 編集/sorae編集部