「ああ、トヨタも不正か」とため息をつく前に、自動車メーカーはセコいが、国交省はアタマが硬いと思ってしまう
「厳しい試験をやって何が悪いのか」
もうひとつ、日本のJNCAP、欧州のユーロNCAP、米国の元祖U.S.NCAPのような公的機関による車両の安全性能試験の存在が無視できない。NCAP=ニュー・カー・アセスメント・プログラムは各国がまだ義務化していない「より厳しい試験方法」で市販車を試験し、その結果を公表する。 NCAPで「良好な試験結果」が得られても、それは現行制度では認められていない試験方法であり、国交省の型式指定を取得するときに必要な試験ではない。しかし、「厳しい試験をやって何が悪いのか」という主張も否定はできない。日本のJNCAPは国交省所管で行なわれている。 衝突安全試験だけを取っても、日欧米には実施方法に差がある。その実際の例を挙げる。 米国のFMVSS(Federal Motor Vehicle Safety Standards=連邦自動車安全基準)に示された試験方法とU.S.NCAP、および保険業組合であるIIHSが行なうそれぞれの試験を【試験1】に示した(筆者作成)。守るべき法規はFMVSSだが、U.S.NCAPは情報公開され「クルマ選びの参考」にされる。IIHSは「もっと厳しい試験方法」をつねに提案するいわば圧力団体であり、そのねらいは自動車事故での保険金支払額を抑えることだ。 当然、OEMはこの3つの試験を意識する。米国は日本のように事前認証ではなく「世の中に出たクルマを任意に抜き取って試験し、FMVSS違反がないかどうかを調べる」という世界でも珍しい事後認証制度のため、あらかじめ当局に試験データを提出する必要がない。 【試験2】は日本の保安基準(法律ではなく国土交通省令)とJNCAPの前面衝突試験である。これも微妙に試験方法が違う。JNCAPのほうが試験としては厳しいが、型式指定の場合は「保安基準第18条23の2」の試験結果を提出しないと不正になる。 【試験3】はUN-ECE(国連欧州経済委員会)が規定した「UNルール」と欧州のユーロNCAP、日本の「保安基準第18条の24」とJNCAPの側面衝突試験の試験方法比較だ。日本はUNルールのR95(側面衝突)とR134(側面ポール衝突)を両方とも批准しているが、ハンドル位置が右と左で違うため国内試験とR95/R134試験は区別して行なわなくてはならない。 このように、衝突試験の実施方法は微妙に異なる。当然、仕向地で採用されている試験方法で試験を行ない、基準を満たさなければならない。しかし、日本ブランド車の8割以上が海外で販売されている現状から、どのOEMも心情的には「売れている地域の試験優先」に違いないだろう。 各地域の安全法規は「その地域の交通事故実態を反映したもの」であり、無視は許されない。日本仕様は国交省が定めた試験を行なうのがOEMの義務である。しかし手間も時間もコストもかかる。試験しなければならないモデル数は多い。さて、どうしようか……。 じつは、過去にこんな例があった。NHKが「米国向けの日本車はドア内に鉄板または鉄パイプが入っている。日本国内向け車両には入っていない。これは安全装備の内外格差だ」と問題にした。当時、筆者は運輸省記者クラブ詰めだったので、この件はいろいろと調べた。 行き着いたのは事故データだった。【図1】は、日本国内の1989年データで【図2】は米国の1988年データである。米国は圧倒的に側面衝突が多いため、側面ドア内にサイドインパクトビームを装備する。しかし、日本は前面衝突が圧倒的に多く側面衝突は微々たる比率のため、サイドインパクトビームの装備義務はなかった。 この正論をぶつければよかったのだが、当時の運輸省地域交通局陸上技術安全部技術企画課は、NHKの番組に引っ張り出されて一方的に「これは格差だ」と槍玉に挙げられ、番組中に反論することはできなかった。運輸省は側面衝突基準の策定に着手しなければならなくなった。NHKに屈したのだ。 問題は基準ができる過程だ。「将来は側面衝突基準ができる」とわかったため、日本のOEMはサイドインパクトビームを国内向け車両にも装備を始めた。試験はなかったが、これは言ってみればダブルスタンダードである。当時の運輸省がそれを容認した。