娘と二人暮らしの父は末期の大腸がん 「聞きたくない」余命伝えなければならないワケ…同行取材で見た緩和医療の最前線
患者の不安を100%取り除くのは困難も「大事になってくるのは会話」
薬で痛みや苦しさは和らげることはできる。精神的な不安や社会的不安を完全に取り除くのはかなり難しいのではないだろうか。「正直に言うとその通りなんです」と鬼澤氏が明かす。 「例えば眠れないから睡眠剤を出して眠れるようにするとか抗不安剤を出して不安をかき消すとか化学的な介入もできなくはないです。でも終末期の人が抱えている心の苦痛ってそういうものではない。がんがあって家族との別れがつらい、それを取り除く方法ってあまりないです。ここで大事になってくるのは傾聴とか、会話なんですね。その人(患者)を分かってくれる人がいると、苦痛は緩和されると言われているんですよね。100%分かってあげるのは難しいけど、傾聴することでその人にとって分かってもらえる人だと認識してもらえると思うんですよね」 Aさん宅での“沈黙”は通常の会話ではないほどだった。これは意識してやっていることだという。 「傾聴と沈黙はすごく大事です。沈黙って相手が何かを言おうとして考える時間のことの方が多いんです。なので、あの時間をこちらが話かけて埋めないようにするのが大切なんです。患者さんもとても難しい判断の連続です。そこで相手の反応を待つ、考える時間をあげるのは大事。さらにそうすることで僕(鬼澤氏)は理解している姿勢があると相手にも伝わるので、沈黙は大事にしていますね」 緩和医療では患者とのコミュニケーションの基本技術と言われていることが3つある。傾聴、沈黙、最後のひとつは反復だ。 「相手が『右足が痛くて』と言ったときに『右の足が痛いんですね』と繰り返すだけなんですけど。傾聴、沈黙、反復は基本です」 残された時間を有効活用するためには「余命を伝えるべき」というのが鬼澤氏の考えだ。 「残された時間は納得のいく人生の締めくくりをするために、やり残すことがないように、悔いのないように使ってもらう期間だと思います。余命を伝えないことで『あと半年だって分かってたら○○と会ったのに』とか、そういうこともありうる。なので伝える必要があると思いますね 医療者であって宗教家ではない。「こういう考え方をしましょう」とスピリチュアル的な提案することは決してない。だが「尊厳のセラピー」と言われている緩和医療の現場では「これが食べたかった」などの患者のやりたいことを叶えるための医療的な手助けはする。 「家はあくまで患者さんのホームグラウンドで自分の家です。好きなようにやるべきだから『○○すべきです』という提案はしません。だからこそ『こういう考え方をしましょう』というアドバイスはあまりなくて。共感的な態度でその人が本来したいと思っていること、できる喜びを引き出していくのが手助けなのかなと思っています」 1000人以上、看取ってきた。死と向き合うのはつらくないのか。医療的なことは早口に答えていた鬼澤氏だったが、ゆっくりとひとつひとつ言葉を選ぶようにこう語った。 「基本的にはつらいことですよ。悲しんでいる人の近くに行ったり、その人を支えるので楽なことではないです。だからこそ先ほどのように技術的にシステムに落とし込んでいくことで自分を守る方法はあるのかなと。ケアにはいろんな職種の方が関わっているので、お互い支え合いながら、励まし合いながらやっていくことで自分を維持していると思いますね。どんな職種もある意味つらいじゃないですか。他業種のそういう人たちと話すのは僕の中ですごく癒やし。感謝されない仕事もあるけど、この仕事は感謝されることも多いので、そういうやりがいもありますね」
島田将斗