テクノロジーが発展した世界でどう生きるか? 映画『本心』監督&脚本・石井裕也×主演・池松壮亮インタビュー
テクノロジーに対して生まれる、人間の恐怖や不安
──さまざまな面で変化が著しい時代ですが、おふたりが技術の進化に対して恐怖を感じる部分はありますか? 石井 不安を感じることはありますか? ──何かを検索すると、その直後から関連するものがお薦めされる技術も含めて、あらゆる個人情報が把握されているような状況には恐怖を感じます。 石井 監視されてるような感覚には不安を覚えますよね。そうやって吸い取った情報の恩恵にあずかることができる人はごく一部です。要するに、言葉は悪いですが、AIや情報システムを支配できる人は本当に少数で、それ以外の人は必然的に盲従していくことになります。自分だけ時代に取り残されたり突き放されたりするのではないか、今よりも苦しい思いをさせられるのではないかという恐怖は感じますよね。そして、その気持ちを正直に「不安です」と表明することが憚られるような状況がもっと怖い。僕はSNSをやっていませんが、仮に「AIがすごく怖い」とポストしたら、有識者のような人に「こいつはバカだ」と一刀両断されてしまう。「不安だ」と言えない状況はとても大きな流れの中に飲み込まれているということなので、本当に危ないと思います。 池松 生成AIという、人間にとって変わる存在に対して大きな不安と恐怖を感じています。昨年、アメリカの映像界では、AIが導入されることに多くの脚本家や俳優が自身の生活をかけてストライキを起こし、長期間映画やドラマの制作がストップしました(※争点のひとつにAI の起用による肖像権の侵害や雇用機会の損失があった)。日本ではまだそういった出来事は表出していませんが、ぬるっとやんわりと生成AIが入ってきていることに不安を覚えています。今作では母を創るということが大きなテーマとして出てきますが、それは遠い世界のことではなく、中国や韓国では既にそうしたサービスがビジネスとして始まっています。AIがこれ以上進歩すると、いまある私たちのルールや道徳や倫理、さらには死や生の概念も愛のあり方も変わっていくと思います。AIと人間がどう共存していくのか、おそらくこれからの数年が分岐点となり、その後も私たちが考えていかなければいけない大きなテーマだと思っています。今作がこれからの世界を考えるきっかけのひとつになってくれたらなと思います。 ──『本心』はそういった議論が起こり得る作品だと思うのですが、「考えるきっかけを与えたい」という気持ちはあったんでしょうか? 石井 そんな大層なことは考えてはいませんが、自ずと考えざるを得ないとは思っています。例えば、10年ぐらい前まではネットで知り合って結婚することに対して、微妙な反応をする人たちも多かったと思うんですが、いまはマッチングアプリで結婚するケースも多いですよね。おそらく今後、仮想空間上で自分のアバターと誰かのアバターが結婚することも起こり得ると思うんです。この現実世界とは違うもうひとつの世界でアバター同士の婚姻関係が結ばれる。それを愛や現実と呼ぶようになる可能性はかなり高いですし、それに幸せを感じる人は少なくないと思っています。そういう時代が来た時のための準備は怠らない方がいいのではないかと思っています。 池松 バーチャル世界で遺伝子データを使って子どもが産めるようになったり、住民票ができるようになるとも聞くことがあります。さまざまなことが近い将来確実に変わっていく。私たちのすぐそこに差し迫ったテーマを内包した、未来の迷子エンタメとして作り上げたこの映画を、同時代の多くの皆さまに観て頂きたいと思っています。
『本心』
監督/石井裕也 出演/池松壮亮、三吉彩花、水上恒司、仲野太賀、田中裕子ほか 11月8日(金)より全国公開 https://happinet-phantom.com/honshin
写真:河内 彩 文:小松香里