推し活仲間が「社会的孤立死」 安否確認を阻む個人情報保護の“壁”
ついに安否判明。しかし……
5月のある日、田中さんは2カ月ぶりに春日井市の団地を訪ねた。棟の入り口に設置された集合ポストでは、下島さんの部屋番号の箱だけが粘着テープで塞がれており、部屋のドアにはURによる張り紙があった。4月の日付である。 <あなたは、当住宅に令和5年3月(略)以降現在に至るまで居住されていないので、本日玄関の鍵を取り替えました。また、置き去り品については、あなたが所有権を放棄したものとみなし、当センターで一括処分しますので予め告知します> 田中さんはその足でURの現地管理事務所に行き、事情を尋ねたが、前回と同様、「何も教えられない」という姿勢は変わらない。 「簡単に諦めきれなかったです。個人情報保護の趣旨も分からないではない。でも、友人の生死すら全く分からないなんて……。何か糸口はないかと法律の関係書も読みあさりました」 そんななか、田中さんは専門書の中で「死因贈与は口頭でも可能」という一文を見つけた。死因贈与とは、財産を贈与する者の死後に効力を発揮する契約だ。 「下島さんに『死んだら遺品をあげる』と言われていたんですよ。それを思い出した」 遺品とは、アイドルのライブ会場などで撮った、2人の写った写真。そして、下島さんが収集していた推しアイドルのチェキ。チェキの枚数は膨大で、何冊ものアルバムに収められていたという。
田中さんは「死因贈与の約束があったのだから、2人は単なる友人にとどまらず、利害関係がある」と考えた。弁護士に相談してみると、「URに家財道具処分の差し止めを請求する内容証明を送って、その後に警察に行方不明届を出し、戸籍謄本を取って相続人を探してはどうか」とアドバイスされた。 「なるほど、と思いましたが、法律の専門知識がないと、とても思いつきませんよね。一般の方にはハードルが高すぎです」
「これは『社会的孤立死』です」
6月初旬、さまざまな手続きを経て、ようやく下島さんの安否が確認できた。1月初旬に救急車で春日井市内の病院に搬送され、翌日に亡くなっていた。 田中さんが譲り受けることになっていたアルバムは、URが部屋の整理をする前に連絡をもらえることになった。遺品が手に入れば、仲間を集めて“チェキ葬”をすることも考えている。 安否の確認に要した半年の経験を、田中さんはこう話す。 「友人は病院で亡くなっているので、『孤独死』『孤立死』の定義には該当しないかもしれません。でも、弁護士に相談しなければ、亡くなっていることすら分からなかった。制度のはざまで生まれた『社会的孤立死』といえるのではないでしょうか」