推し活仲間が「社会的孤立死」 安否確認を阻む個人情報保護の“壁”
呼び鈴に反応なし
SNSへの投稿が途絶えてから2カ月が過ぎた、3月初旬。田中さんは、下島さんの自宅を訪ねた。春日井市にある都市再生機構(UR)の団地。高度経済成長期に誕生した巨大団地は静かで、日中でも人通りは多くない。下島さんの居室は、ある棟の4階だった。 田中さんは呼び鈴を押したが、何の反応もない。隣人の呼び鈴も押してみた。応対に出た男性は訝しげだったが、田中さんは「自分は下島さんの友人です。連絡が途絶えて安否が分からないんです」と懸命に事情を説明した。すると隣人は、1月初旬の夜に救急車が来てどこかに搬送され、その後は帰ってきていないと教えてくれた。 友人はどうなってしまったのか。下島さんの行方を追う田中さんの日々が始まった。
個人情報保護の壁は厚く
田中さんはまず、団地内にあるURの現地管理事務所に足を運び、消息を尋ねた。ところが、担当者は「個人情報なので何も教えられない」と返す。生きているのか、死んだのか。それすらも「言えない」と譲らない。 次に、春日井市役所に問い合わせた。下島さんは障害者手帳を持っていたので、福祉部門に何か情報があるかもしれないと考えたからだ。しかし、「親族でもない第三者には、生きているか亡くなっているかも回答できない」と言われた。 実は、田中さんは弁護士事務所の関係団体で働いており、法律の知識やその取り扱いには長けている。 「今度は春日井市に、火葬費用の記録を情報開示請求することにしました。生前、下島さんは『自分には身寄りがない』と言っていた。身寄りのない人が死亡したら、自治体が火葬しますから」 結果は「存否応答拒否」だった。火葬したことを示す公文書があるかないかも明らかにしないのだ。 「文書がある」と回答すれば、火葬の事実を認めることになり、死亡したことが分かる。「文書は存在しない」との回答なら、生存していることが分かる。どちらの回答も本人の生死が判明するため、「ある」「ない」を明らかにしないことで、個人情報を守るという趣旨だった。 田中さんは言う。 「早くも手詰まりでした。毎日のようにSNSのDMでやりとりし、アイドルのライブがあれば、集まって推しの話をして……。そんな友人の消息がパタリと消え、手掛かりすらなくなったわけです」