好感度高いのに…急失速のハリス、なぜトランプに勝てない?決定的な「物語」の差とは
2024年大統領選挙の「最大の特徴」
今回選挙の最大の特徴は、男性はトランプ支持、女性はハリス支持が多いというジェンダーギャップである。上記NYT調査では、男性はトランプ支持53%、ハリス支持42%、一方女性は40%、56%と逆転し、その差は2桁だ。男性は、清濁両面合わせたトランプの率直さや強さを好む。女性を軍の最高司令官にすることには偏見もあるだろう。 他方、ハリスがバイデンより支持を伸ばしているのは、トランプ嫌いの代表格である高学歴女性、特に郊外の中間所得層の女性だ。彼女たちは経済不安よりも、中絶権を含む女性の権利擁護、自由な教育・文化のほうが「自分事」だ。オプラ・ウィンフリーなど女性に人気の高いTV司会者とのオンライン選挙集会やポッドキャストなど、身近さや共感を訴求するメディア戦略も効果的だった(写真)。ただし非大卒の白人女性は、経済不安のほうが自分事であり、ハリスに確信がもてない。 注3:両陣営は主流メディアへの出演に加えて、若く政治に関心の薄い層に向けて、気楽で打ち解けた候補像とメッセージを伝えるため、ポッドキャストを利用する。 ハリスは、10月6日に、Spotifyで人気が高く、35歳以下の女性リスナーが多いポッドキャスト「Call Her Daddy」に出演し、司会アレックス・クーパーの45分インタビューに応じた。基本はセックスや人間関係に関するポッドキャストだが、ハリスは住宅問題や女性の生殖に関する政策を詳しく語るとともに、親しみやすく陽気な雰囲気を演出しようと努めた。
ハリスが勝つために必要な2つの条件とは
一方ハリスが起死回生を狙うなら、支持層の面的拡大だけでなく、実際の投票率でトランプに勝つ必要がある。中でも労働組合の組織的支援(注4)は必須だ。9月中旬の複数の世論調査では、組合員および世帯のハリス支持はトランプより10%程度高いが、過去2回の大統領選のバイデンの16%差には届いていない。 注4:ハリスは、全米労働総同盟・産業別会議(AFL-CIO)や全米自動車労組(UAW)、全米教職員連盟(AFT)、全米鉄鋼労組(USW)など民主党支持基盤の主要労組の支持は得たものの、ペンシルバニアなどの激戦州の地方支部や組合員がトランプ支持に回るなど、足並みが揃わない。また米最大労組で組合員130万人を抱える全米トラック運転手組合(チームスターズ)が9月にハリスとトランプのどちらも正式に支持しないと決めるなど、大手組合でも支持が割れる傾向がある。 最大激戦州のペンシルバニアで勝つには、白人労働者の支持率低下分を、その3~4倍の都市部白人高学歴層(反トランプ共和党支持層のダブルヘイター)ないし郊外票で補う必要があるという。同州で民主党は資金力の優位を生かし、大量の運動員を使ったドブ板戸別訪問や、地方TVとデジタルの大量広告出稿を行っている。またインスタグラムのフォロワー約2億8000万人をもつ同州出身のテイラー・スウィフトの支持表明後、24時間で有権者登録サイトvote.orgを40万人超が訪れたという。しかしZ世代など若者層は投票率が低く、どこまで当てになるかは不明だ。 一方共和党は、支持者イーロン・マスクが関わる資金団体が数千万ドルを提供し、同州を含む激戦州の有権者登録推進を展開、民主党を急追している。トランプ陣営はハリス陣営と異なり、草の根縦断の作戦は取らない。10年近くかけて収集し、過去半年間テストしたデータをもとに、家族友人などパーソナルな関係があり、かつ「投票意欲の低い」保守派を探し出す専用アプリを開発し、支持者に配布している。対人的つながりは、投票動員を促す確実な効果があるからだ。 さらに共和党は、支持者に7激戦州の投票所を監視するよう指導し、投票資格や開票手続きをめぐる州法を改定して、問題があれば州相手に訴訟を起こす法廷闘争の態勢を整えた。投票動員だけでなく、後日開票の郵便票を含めた全投票の集計まで、組織的な投票率向上戦略である。ハリス陣営もこれを受け、同様の訴訟戦術をとるという。 ちなみに2016年トランプは、資金面・組織面の劣勢にもかかわらずペンシルバニアで勝った。20年同州で勝ったバイデンとの差はわずか8万票、得票率1.2%の僅差なのだ。 人でもモノでも、売れるものには「物語」がある。いわゆるブランドストーリーである。政策など具体的な“性能”も大事だが、この選択にどのような個人的、歴史的“意味”があるのか。投票は、どのような人生、どのような「米国の物語」に共感し、一体感をもって参加するかという選択でもある。 文化史家のR.スロトキンは、トランプの「物語」が、米国の伝統的神話の1つである「失われた大義」(南北戦争の南軍以来の「米国文明を取り戻す」)のテーマに合致するという。保守派は数十年かけて、この米国の「脚本」を蓄積してきたが、リベラル派にはそうした文化戦略がなかった。 またNYタイムズの人気保守派コラムニスト、D.ブルックスは、ハリスが最後に勝つためには、優れた「脚本」がもつ物語要素が必要だという。第1に、目標に向かって艱難(かんなん)辛苦を乗り越える情熱的探求、いわゆる「龍退治(ドラゴンクエスト)」だ。第2は、人々の心の琴線に触れる「個人的な物語」。最後に、宿命的な欠陥を抱えつつ、それを克服していく人生の「変化」の過程をさらけ出すことで、有権者が候補と体験を共有し、距離感をなくし、「自分事」に感じることである。 歴史的な接戦を勝ち抜いた大統領は、それぞれ物語をもっている。人徳よりも親近感、実力勝負のベビーブーマー世代的価値観で、大統領像を“庶民化”したクリントン。人間としての弱さを克服し、神の啓示で強く生まれ変わった9.11戦時大統領ブッシュ。欠点だらけだが、米国を本来のあり方から逸脱させる既成勢力を“退治”し、庶民の手に政治を取り戻すファイター、トランプ。 正義感にあふれ、優秀で真面目、隙がなく陰影を欠く“生徒会長”ハリスが、最終盤に新しい魅力的な物語を紡ぎ、人々を巻き込むか。最後に予想外のどんでん返しが待っている可能性もまだ残している。
執筆:埼玉大学名誉教授 政治学博士 平林 紀子