車椅子への理解を深めたい 障がい者を育てた経験から誕生した「全席車椅子」のカフェ
――中村さん自身は車椅子に乗車してみて、どのように感じましたか。 屋外で利用してみて、初めて課題に気がつくケースが多かったですね。たとえばトイレの緊急ボタン。もしも転倒した場合、緊急ボタンを押そうとしても、ボタンの位置に手が届かないトイレがあるんです。それから、オストメイト(病気や事故などが原因で人工肛門や人工膀胱を造設した人のこと)が装具を交換するための鏡がないトイレもありました。 そのように、自分が実際に車椅子に乗ってみると、バリアフリーの不完全さが見えてくるんです。解決すべき点に気づいていただくためにカフェを開いた部分もあります。
娘の介護で芽生えたヘルパーへの感謝の気持ち
――そもそも中村さんが介護・福祉にかかわるようになったのはなぜでしょう。 もともとはウェディングドレスのデザイナーをしていました。義母が関節リウマチで寝たきりで、私の次女が重度知的障害のダウン症で生まれまして、二人の介護を優先するためにデザインの仕事も辞めざるをえなくなったんです。二人から目が離せなくて、つらくて毎晩、泣いていましたね。 そんなときに助けてくれたヘルパーさんの存在が私にはとても大きかった。「私と同じように人の手を借りることで救われる人もいるだろう」と、娘が大きくなって少し余裕ができた頃合いをみて、2013年に家事代行の個人事業「サポートどれみ」をはじめました。そして2018年に法人化したんです。 ――中村さんと車椅子とのつながりは、いつできたのでしょう。 次女の子育ての時期です。次女は知的障害だけではなく、心臓も悪いので長い距離は歩けないんです。それに手を離すと勝手に走り出してしまいます。道路に飛び出して自動車にぶつかったり、側溝に落下したりする危険性がありました。そのため旅行の際は車椅子が必要でしたが、とはいえ、車椅子を借りられる場所がほとんどなくて……。 そういった経験から「車椅子を貸してもらえる場所がもっとたくさんあれば、家族旅行を楽しめる人も増えるのではないか」と考えたのが、車椅子レンタルをスタートしたいきさつです。サポートどれみの事務所が、京都市の主要な道路の一つである烏丸通(からすまどおり)に面していたので、「ここならば車椅子の貸し出しがスムーズだな」と思い、取り扱いをはじめました。この車椅子レンタルが、障がい者と高齢者を専門とするサポート旅行会社「バリアフリーツーリズム京都」へと発展していくのです。 ――「バリアフリーツーリズム京都」は、どのような取り組みをしているのでしょう。 お一人では旅行が困難な方のために、バリアフリーの現地調査をしながら旅のプランを提供しています。そして、車椅子を貸し出したり、ヘルパーさんを手配したり、実際に旅のお供をしてサポートしたりするのが仕事です。 開業のきっかけは青森県にお住まいの女性からかかってきた1本の電話でした。お母さんが全身をがんにおかされていて、お医者様から「余命あと2カ月です。もうお好きなことをさせてあげてください」と告げられたそうです。そしてお母さんは、「思い出がある京都を旅したい」と希望されたといいます。 そういった背景があって、「車椅子で京都を旅する2泊3日のコースを考えてくれないか」と依頼されたのです。京都のガイドブックはたくさんありますが、車椅子で入店したり入館したりできるかまでは書かれていませんから。しかも希望日は「2週間後」だと。 ――ハードルが高い依頼ですね。 旅行業登録をせずにツアーの企画はできない法律があります。でも、私には断れなかった。そのため、旅行業者になんとか頼み込み、急いで介護タクシーの手配、シャワーチェアの用意、リクライニング付き車椅子の準備などをして、「お母さんの夢を叶える旅行」を企画したんです。 お母さんは初日こそ痛みで苦しそうでしたが、能楽体験などを楽しまれ、次第に表情は柔和になっていきました。青森へ戻って2カ月後にお亡くなりになったのですが、お母さんの枕元には最期まで京都旅行の写真があったといいます。 この一件から、旅先で必要なのは、家族以外の人の理解やサポートだと実感しました。そして「旅行をしたいけれど、車椅子だから我慢している人がたくさんいるんだろうな」と思い、私自身が国内旅行業務取扱管理者の資格を取得し、2020年に障がい者と高齢者を専門とするサポート会社を起業したんです。同時期に、自分自身で「車椅子で入れるカフェを開こう」と考え、準備を始めました。