住みたい街1位に「覚王山」-名古屋の“異界”が浮上
祐民は大正時代から昭和初期にかけ、日泰寺東側にあった1万坪以上の広大な森を個人の別荘地として切りひらいた。「揚輝荘(ようきそう)」と名付けられたその別荘には、うっそうとした森の中に風雅な日本庭園と茶室、迎賓館など30以上の施設が点在。「竹中工務店」創立者の竹中藤右衛門も手掛けたというそれらの建築は、尾張徳川家の屋敷に洋風の2階を増築したり、山荘風の小屋にインド様式の装飾を散りばめたりするなど、当時の贅(ぜい)の限りが尽くされた。 祐民はこの別荘に一族や財界人を招き、華やかな社交場として活用。海外の要人やアジアの留学生などを滞在させ、国際交流の場にもしていた。ただし、あくまで私邸であったため、一般庶民には謎に包まれた“異界”。戦時中は地下に張り巡らされていたトンネルが防空壕に使われ、ようやく周辺住民が中をうかがい知ることができたという逸話も残っている。 ■エスニック、アートの街から注目エリアへ 戦後、松坂屋の経営体制の変化とともに伊藤家が衰え、土地は切り売りされて高級マンションに変わっていった。しかし揚輝荘の歴史、文化的な価値の高さに注目した松坂屋関係者や学者、文化人らが保存運動に取り組み、2007年には土地建物の一部を名古屋市に寄付する形で公共財に。昨年からは改修を終えた建物の一般公開も始まっている。 こうした歴史を反映するように、覚王山商店街にはここ十数年でエスニックやレトロ風の飲食店などが盛んに進出。古い木造アパートには若いアーティストやクリエイターが集まり、「覚王山アパート」としてこだわりのある若者を引き寄せるようになった。 さらに岐阜の有名ケーキ店「シェ・シバタ」は06年、名古屋1号店を参道沿いにオープン。洗練された店構えが「おしゃれな街」のイメージを決定づけた。最近も岡崎に本店のあるドーナツ専門店「ZARAME(ザラメ)」が出店し、連日にぎわいを見せている。 「とかく閉鎖的、排他的と呼ばれる名古屋の中でも、外の人をうまく受け入れて発展してきた歴史がある。そうした開放的で飾らない土地柄が魅力なのでは」と、商店街関係者は今回の「ナンバーワン」を分析する。 毎月21日は日泰寺の「縁日」。4月12、13日は商店街の「春祭り」があり、開けた参道が屋台や人の波で埋め尽くされる。 (関口威人/Newzdrive)