センバツ2024 1回戦 星稜、土壇場で底力 /石川
第96回選抜高校野球大会(毎日新聞社、日本高校野球連盟主催)は18日、阪神甲子園球場(兵庫県西宮市)で開幕した。開会式では、4年ぶり3回目出場の日本航空石川(石川)、2年ぶり16回目の星稜(同)、4年連続11回目の敦賀気比(福井)の北陸勢3校の選手たちが力強く入場行進。第2試合には星稜が登場し、21世紀枠で76年ぶり3回目の田辺(和歌山)との接戦を4―2で制した。星稜は大会第6日の第2試合、2回戦で八戸学院光星(青森)と対戦する。【山口敬人、中田博維】 【写真で見る歓喜の瞬間】歴代のセンバツ覇者たち ◇「背番号2けた」躍動 先行しても追い付かれ、突き放すことができない。星稜側に重苦しい雰囲気が漂う九回だった。1死後、能美誠也(2年)が右前打で出塁。続く途中出場の背番号13、中島幹大(3年)が左前打でつなぐ。ここで代打に起用されたのが背番号20の東汰生(同)。5球目をしぶとく右前に運び、暴投で二、三塁に進んでいた走者2人を迎え入れた。 最終盤の見事な勝ち越し劇。七回からの出場で2打数2安打と結果を出した中島は「星稜は背番号2けたも勝負強いことが証明できた」と胸を張った。 アルプス席もお祭り騒ぎだ。中島の父大悟さん(47)が「チームの勝利のためによく打ってくれた」と言えば、東の父昇平さん(52)も「感無量。ここまで頑張ってきた本人が一番うれしいはず」と満面の笑みだった。 守っても先発マウンドに立ったエース佐宗翼(3年)が6回2失点でしのげば、その後は背番号18の戸田慶星(けいた)(2年)、背番号11の道本想(同)とつないで勝利。連打を浴びながらも九回を締めた道本は1月1日、石川県穴水町の祖父母宅に向かう途中で能登半島地震に遭い、同町内の避難所で一晩を明かした経験がある。それだけに「今日は調子が悪かった。次こそ能登の人たちに力を与えられる投球を」と意気込んだ。 ◇敦賀気比、航空石川 開会式行進 新幹線、話題で負けぬ 敦賀気比(福井)と日本航空石川(石川)の選手たちも開会式に臨み、引き締まった表情で入場行進した。 開会式後、敦賀気比の西口友翔(ゆうと)主将(3年)は「開会式が初めての選手もいて緊張したと思うがしっかり声を出してきっちり行進できた。16日に新幹線が開通(敦賀まで延伸)したばかり。新幹線の話題にもっていかれないように自分たちも頑張りたい」。日本航空石川の宝田一慧(ほうだいっけい)主将(同)は「甲子園練習やリハーサルは経験したが、お客さんが入ると雰囲気が変わって楽しそう。(今も被災地では)苦しい思いをしている方々がたくさんいる中、このような素晴らしい場所で野球ができることに感謝して頑張りたい」と話した。 敦賀気比は第2日第2試合で明豊(大分)と、日本航空石川は第6日第1試合で常総学院(茨城)とそれぞれ対戦する。 ……………………………………………………………………………………………………… ■熱球 ◇冬の鍛錬 実った中前打 吉田大吾遊撃手(3年) 八回に目が覚めるような鋭い中前打を放った。初戦の緊張もあって、安打はその1本に終わったが、「後半は集中できたし、次につながる打撃ができた」。 昨秋は3割4分8厘の高打率を残しながら「まだまだ。冬はミート力を高める練習を重ねてきた」。それも昨年は悔しい思いをしてきたからだ。昨春に肩を傷め、夏まで投げられない状態が続いた。昨夏の甲子園では初戦(2回戦)に代打で出場も三ゴロに倒れている。それだけに、初安打と初戦突破にホッとした表情だった。 出身は茨城県つくば市。「寮生活をしたかった。甲子園出場のために」と星稜に進学した。父祐司さん(50)は、1991年の夏の甲子園に竜ケ崎一(茨城)の三塁手として出場し、3回戦で当時2年だった松井秀喜さんのいる星稜と対戦している。「松井さんと対戦したというだけで今も話が盛り上がる。なので進学先が星稜でびっくりした」という。 「チームのため頑張って」と願う祐司さんの声援を背に「1番打者らしく積極的なスイングでチームを盛り上げたい」。まだまだ満足はしていない。