トランプ次期政権の「格差と分断」を加速する「破壊的人事」…マスクにケネディ家の異端児、元「WWE」トップまで
トランプ次期政権の人事が急ピッチで進んでいる。その顔ぶれはというと、話題になったイーロン・マスク氏をはじめとして、プロレス団体CEOから陰謀論で知られるケネディ家の異端児まで。「破壊的人事」からなる次期政権は、米国の格差と分断を加速させてしまうのか。『マネーの代理人たち』の著者で、経済ジャーナリストの小出・フィッシャー・美奈氏が分析。 【写真】大胆ショットに全米騒然…トランプ氏の娘の「美貌」と「ファッション」
ハリス敗因としての民主党の「エリート化」
あれ?「歴史的大接戦」じゃなかったの、と思った人も多かっただろう。米大統領選挙は、蓋を開けてみたらトランプ候補が7つの「スイングステート」(参考記事:米大統領選、ついにカウントダウン…やや優勢のトランプと支持者に「反トランプ」アーティストの歌声は届くのか?)を全て制し、代理人の数では312対226と「圧勝」した。 でも総得票で見ればやはり大接戦で、米国が真っ二つに割れたことが見て取れる。1億5500万票の開票には時間がかかり、11月30日時点では州によってまだ開票が続いているのだが、トランプ49.8%に対してハリス48.3%と、その差は僅か1.5%に過ぎない。 投票傾向を性別や人種、地域、学歴別で見れば、さらに「分断」が見えてくる。AP通信の出口調査によれば、白人男性の6割がトランプに投票したが、黒人女性では8割以上がハリスに票を投じた。 価値観の「分断」は、友人や家族の中にも否応なしに入ってくる。筆者の場合は、留学先の学校の同窓会チャットがトランプ談議で炎上し、「もう同窓会には出ない」と退場するクラスメートも現れた。これからのクリスマスシーズンも、政治の話で親戚と意見が対立して食卓の空気が気まずくなるという、前トランプ政権で多くの家庭を巻き込んだ「あるある」が再燃しそうだ。 だが、それ以上に選挙結果が浮き彫りにしたのが、米国の「格差社会」だと筆者は思う。大卒者では半分以上がハリスに投票したが、学位のない有権者の過半はトランプを支持した。また都市部では6割以上の有権者がハリスに投票したが、地方では逆に6割以上がトランプに票を入れた。 データから見えるのは、元来「労働者の政党」だったはずの民主党が、今では教育や所得水準が高い都市のホワイトカラー、いわば「エリート」の支持政党になっていることだ。語弊を承知で日本に例えるなら、東京のタワマン高層階住まいで大企業に勤める高給取り、中でも環境や人権問題などへの意識が高い人たちの多くはハリスに投票した、と言えば分かりやすいだろうか。そこに反発や疎外感を感じる人々の票は、共和党に流れた。 そして、投票動向に大きな影響を与えたのが、新型コロナウィルス発生以降のインフレの波。 米国都市部では、テイクアウトのサラダでも、税金とチップを合わせて下手をすると20ドル近くする。1ドル150円の為替では3000円で、我が家も自炊が増えた。いったい他の人はどうやりくりしているのかと思っていたが、やはり多くの有権者は生活面での不満を募らせていたのだ。出口調査でも、有権者の最大の関心事は経済で、移民や人口中絶などは経済ほどの関心事にはならなかったことが明らかになっている。 インフレは食料やガソリン代、家賃など、生活費を直撃した。所得が低いほどその痛みを感じる。生活に不安のない高所得者が、環境や移民や女性の権利、それに選挙中に話題となった性転換者の女性トイレ使用などの議論に熱心に耳を傾けても、多くの有権者は、そういう「意識高い系」の話も結構だけど、その前に生活をなんとかしてくれ、と白けてしまうことになる。民主党が票を逃がした敗因は、選挙の争点を読み違えたことにあると思う。 インフレによる生活不安は、先の総選挙で自民党が大敗した構造とも無縁ではないだろう。世界の先進国でミドルクラス(所得中間層)がシュリンクしていることはOECDレポートなどで指摘されているが、シンクタンク「ピュー研究所」によれば、1971年に全米の6割以上を占めていた「ミドルクラス」は、2021年の調査では半分に減っている。 この調査では、低所得層の中間値が3万ドル、高所得層が21万ドルとされていて、両者の格差が7倍ある。日本円で年収450万円の人と3150万円の人では、インフレによって受けるストレスの度合いがまるで違ってくる。生活苦の実感のない高所得ハリス支持者が驚いている間に、現状不満の浮動票は、「トランプなら何か変えてくれるんじゃないか」という漠然とした期待の投影となって、共和党に流れたようだ。