【完全再現】“拉致船”が目の前に――「120%生きて帰れない」緊迫の護衛艦25年前の事件、元航海長の“悔い”今も『every.特集』
■誰もが感じた「死ぬかもしれない」
「みょうこう」に艦内放送が響き渡った。「海上警備行動が発令された。総員戦闘配置につける」。全乗組員が、持ち場を目指して一斉に走った。「本当に発令された…」と、伊藤も即座に駆けた。 「射撃関係員集合CIC。立入検査隊員集合食堂」と、放送で指示が伝達される。CIC で手際よく、「配置よし!配置よし!了解!」と確かめる隊員たち。 伊藤 「艦長、艦内各部戦闘配置よし、非常閉鎖としました」 鈴木艦長 「了解」 食堂では立入検査隊も準備を始めたが、身を守る防弾チョッキはない。隊員を束ねる先任伍長が「これが代わりになるかもしれん」と持ってきたのは、漫画雑誌、そして金属製の食器だった。粘着テープを巻き付け、ライフジャケットの下や上に固定する。 「ただ今より銃を貸与する」。狭い船内に立ち入るため、幹部自衛官用の拳銃が用意されたが、隊員たちは一度も扱ったことがなかった。伊藤の部下は「これどうやって使うんですか」と口をつく。 この状態で不審船に乗り込めば、死ぬかもしれない―。誰もがそう感じていた。
■ついに実弾で警告射撃が…不安は頂点に
不審船に停船命令を出すが、逃走は続く。不審船を止めるため、実弾による警告射撃を開始した。鈴木艦長が「戦闘右砲戦」「初弾、弾着点後方200(ふたひゃく)」と指揮し、伊藤が復唱する。 艦長 「撃ち方、始め!」 伊藤 「うちーかた、はじめー!」 主砲が火を噴き、不審船の後方に着弾。暗い海にしぶきが高く上がる。食堂にも衝撃が伝わる。表情がこわばり、固唾をのむ隊員たち。伊藤の部下は「始まった…」とつぶやいた。これで不審船が止まれば、行かなければならない。訓練の経験もないにもかかわらず。 主砲弾を何発も撃ち込むが、事態は変わらなかった。伊藤は「エコー(不審船)、減速の兆候なし」と声を張り上げる。 艦長 「やつら、当てないと止まらないのか。次回、弾着点、後方50」 伊藤 「50?50は近すぎます!」 艦長 「止めるためにはギリギリを狙うしかない。次回、弾着点、後方 50」 もうすぐ立入検査が始まるのではないか―。隊員たちの不安は頂点に達しようとしていた。食堂に「不安がるな」というかけ声が響く。そのことを知らされた由岐中船務長は、隊員たちに「見捨てはしない」と伝えるべきだと考え、先任伍長に頼んだ。 「立入検査隊が行く時は俺が指揮官で行くから、そう伝えてくれ」 「本当にいいんですか?」と確かめる先任伍長。由岐中は「今言った通り伝えてくれ」と告げた。