海外では9割が「無痛分娩」の国も!日本で行うと費用はどのくらい?クリニックの選び方は?
無痛分娩とはどのように麻酔をするのでしょう? 具体的な方法や気になる費用やクリニック選びについて、無痛分娩を数多く行ない、麻酔についても詳しい、産婦人科専門医に聞きました。 【画像】妊娠、出産、不妊治療の現在
■無痛分娩の硬膜外鎮痛法の流れ 増田:実際に、無痛分娩の硬膜外鎮痛法は、どのような流れで進めるのでしょうか? 吉本先生:私のクリニックでは、前もって出産のスケジュールを決めておく、計画分娩を行なっています。子宮を収縮させる薬(子宮収縮促進剤)を使って分娩を進めながら、計画的に無痛分娩を行います。当日の流れは次のとおりです。 ステップ1 点滴をして、血圧計や体内酸素モニターなどを装着します。カテーテル挿入時の細菌の感染を防ぐため、家族の同席はご遠慮いただいています。処置が終わってからの立会いは可能です。 ステップ2 陣痛が始まって、少しつらい程度の痛みで痛み止めがほしいと感じてきて、産科医の許可が出たら、開始します。子宮の出口が3~5センチくらい開くころまでに始めることが多いですが、妊婦さんの状態や施設、産科医、麻酔担当医の方針によって、開始時期は少しずつ異なります。 ステップ3 硬膜外カテーテルを腰から入れる作業に入ります。まず、ベッド上で横向きに寝て、両手で膝を抱えるようにして背中を丸くして、うしろに突き出すような姿勢(エビのような姿勢)になります。 ステップ4 注射部位を含めて広く消毒した後、まず皮膚に局所麻酔をします。局所麻酔後には、痛み止めが効いているので、処置による痛みはほぼありません。この作業は数分です。 ステップ5 次に、脊椎の間を通して硬膜外腔まで針を入れ、この針の中を通して直径約1ミリの細い管を硬膜外腔に挿入します。その後、針を抜いて、管から局所麻酔薬を注入します。柔らかい管だけが体に残りますので、お産の間に背中を下にして横になっても、体を動かしても大丈夫です。 挿入した管を絆創膏などで背中に固定します。 脊髄くも膜下硬膜外併用鎮痛法を行うときには、硬膜外腔に管を入れる前に、脊髄くも膜下腔に薬を投与します。脊髄くも膜下腔に入れた麻酔薬の効果は、数分で現れます。 ステップ6 ポンプを用いて、硬膜外腔に入れた管から麻酔薬を少しずつ注入すると、約20~30分で徐々に鎮痛効果が現れます。量を増減しながら、麻酔状態を維持していきます。効果が現れ始めたときには、陣痛が弱くなった、短くなったと感じる妊婦さんが多いようです。効果が十分に現れると、お腹が張っているのに、痛みがなくなっていることに気づきます。 ステップ7 お産に関する処置がすべて終わったら、背中に入っていた管を抜いて無痛分娩終了です。 計画的に無痛分娩を行なおうとしても、分娩には予測不可能なこともあって、陣痛がいつ始まるか確実にわかりません。無痛分娩を計画予定した日より早く破水してしまうことや、陣痛が始まってしまうこともあります。このような場合は、残念ながら無痛分娩には対応できないことがあります。 増田:無痛分娩を希望する場合は、計画分娩(誘発分娩)になってしまうのですか? 吉本先生:陣痛が自然にきて、痛くなったタイミングで麻酔を入れるやり方もあります。計画分娩(誘発分娩)は、分娩の日取りを計画的に決めて、自然の陣痛を待たずに子宮の出口への処置や点滴からの薬を用いて分娩を起こしてお産を進行させます。日本では、無痛分娩は計画分娩で行うという施設が少なくありません。 自然な陣痛が来てお腹が痛くなったときに硬膜外鎮痛法で無痛分娩を始められればよいのですが、いまの日本では、365日、24時間、硬膜外鎮痛法で無痛分娩に対応できる体制が整っている施設は少なく、限られた曜日や時間帯にしかできない施設もあります。 そこで希望している妊婦さんがなるべく硬膜外無痛分娩を受けられるように、計画的に分娩を進める場合があるのです。 ■費用や分娩施設の選び方は? 増田:費用はどのくらいなのでしょうか? 吉本先生:無痛分娩は自由診療ですので、クリニックによって異なります。うちのクリニックでは通常の分娩費用にプラス、105,000円です。 また、計画分娩の無痛分娩でなく、予定外で急遽、無痛分娩を行なった場合は、平日(当院診療日)9時~18時は、プラス22,000円(分娩費用にプラスして105,000円+22,000円)。夜間や休日に対応した場合は、プラス55,000円(分娩費用にプラスして105,000円+55,000円)です。医師やスタッフの人員確保にも限りがあるので、このようにさせていただいています。 富山県内にある私のクリニックでは、通常の分娩費用が約60万円、無痛分娩が約10万円、合計約70万円で、出産一時金がいま50万円くらい支給されるので、自己負担額は20万円くらいのイメージでしょうか。東京都などはもっと高いと思いますし、もっと安い地域もあると思います。 増田:どんな人が無痛分娩を選ぶといいのでしょうか? 吉本先生:どなたでも希望があれば行っていいと思います。 また、分娩の進行が不良で、体力の消耗が強く、ストレスが負担になっている方や、妊娠高血圧症候群の方(血圧上昇が心配な場合)など、医学的に必要と思われる場合は患者さんの希望がなくてもおすすめすることはあります。 増田:無痛分娩を受けたいという希望がある人は、どうしたらいいのでしょうか? 無痛分娩が受けられる施設リストなどはありますか? 吉本先生:無痛分娩を行なえる施設は、全国的にみても少なく限られています。まず、妊婦健診のときに、無痛分娩を希望していることを担当医、または助産師、看護師に伝えてください。健診を受けている施設が無痛分娩を行っていない場合には、無痛分娩を行っている施設を紹介してくれることもあります。 分娩施設を変える可能性がある場合には、できれば妊娠32週より前に相談したほうがよいでしょう。 無痛分娩を行なっている施設や無痛分娩について詳しい情報を得たいときには、下記のサイトを参考にしてください。自分で探すこともできます。 「厚生労働省 小児周産期医寮について 無痛分娩について」 「無痛分娩関係学会・団体連絡協議会(JALA)」 ■海外の無痛分娩の状況を知りたい 増田:日本の無痛分娩は、徐々に増加していて、全体の分娩の約8.6%の割合という数字も発表されています*1。海外では、どのくらいの女性が無痛分娩を選択しているのでしょうか? 吉本先生:アメリカとフランスは、硬膜外鎮痛法で無痛分娩を受ける妊婦さんが多い国です。アメリカ全体では硬膜外無痛分娩率は約73%。フランスでは1981年にはわずか4%だった硬膜外鎮痛法による無痛分娩率は2016年には約82%まで増えています。カナダ約58%、イギリス約60%、スウェーデン約66%、フィンランド約89%、ベルギー約68%など、欧米では一般的に硬膜外鎮痛法による無痛分娩が行われています。 一方、イタリア約20%やドイツ約20~30%、ギリシャ約20%で無痛分娩率が高くなく、欧米でも国により状況が異なるようです*2。 増田:生理痛を我慢するのはやめよう、という発想と同じく、お産は痛みを辛抱しなくてはいけないという固定観念から、日本もそろそろ脱却してもいい頃だと思いました。痛くないお産を希望する女性が無痛分娩を受けられるように、日本も無痛分娩を行なえる施設が増えるといいと思います。しかし、費用の問題、医療体制、産科医や助産師不足の問題もあります。女性が希望する満足のいくお産ができる体制づくりは、少子化問題、人口減少問題とともに社会全体で考えていくことが重要だと思います。 *1 照井克生.全国分娩取り扱い施設における麻酔科診療実態調査.厚生労働省科学研究補助金子ども家庭総合研究事業 2008. *1 公益社団法人日本産婦人科医会 医療安全部会.分娩に関する調査 2017. *2 日本産科麻酔学会JSOAPホームページより 吉本レディースクリニック院長 吉本裕子(よしもとゆうこ)先生 産婦人科医。日本専門医機構認定専門医。高知医大(現・高知大学医学部)卒業。金沢大学附属病院、富山市民病院を経て現職。『Rp.+(レシピプラス)VOL.21 NO.1冬2022「ホルモンとくすり」』(南山堂)共同執筆。病気治療だけでなく、女性の人生に寄り添い、心身の拠り所となるクリニックとして定評がある。富山県内で最も多い年間600件近い分娩を行なっている産婦人科クリニック。無痛分娩の実績も多数。 イラスト/大内郁美 取材・文/増田美加 構成/福井小夜子(yoi)