「手術は成功です」は無責任。現役医師は言わない理由
手術は長い治療の「ほんの始まり」に過ぎない
また、手術が終わった時点で「成功」とは言えないもう一つの理由として、手術そのものはまだ外科治療のほんの「入り口」に過ぎない、ということもあります。むしろ、手術が終わった後から新たな戦いが始まる、と言ってもよいでしょう。患者さんが順調に回復できるよう、慎重な術後管理が求められるからです。 術後には、さまざまな合併症(手術に関連して起こる問題)のリスクがあります。 例えば、喫煙者や、肺の病気の既往がある患者さんは術後に肺炎を起こすリスクがありますし、心臓に持病のある患者さんは、術後にその病気が悪化するリスクがあります。糖尿病や肥満の方は、術後に感染症を起こすリスクが高い傾向にあります。 そのため、手術が終わったときに、安易に「成功した」などと患者さんに伝えることはできません。医師が術後にすべきなのは、「手術は予定通り終わった」という報告と、「これから順調に回復できるかどうかが問題で、慎重に見ていかねばならない」という注意喚起です。 「何かあればすぐに対処できるよう定期的に検査を行いつつ、全身状態を観察していきます」 と伝えることも多いと思います。 逆に、術後に合併症が起こっても、それを「失敗」とは呼べません。術後の合併症は一定の確率で起こるものです。手術そのものがどれほどうまくいったとしても、合併症をゼロにすることはできません。 むしろ、合併症が起こりそうな気配を察知し、早めに対処したり、再手術をしたりして患者さんが無事に退院できれば、「失敗」とはとても言えないでしょう。 また、がんの手術の場合、術後に一定の割合で再発が起こります。術後に、再発予防のための抗がん剤治療を行ったり、再発があれば早めに発見できるよう、定期的に検査を繰り返したりする必要があります。 このように、手術に関しては、何をもって「成功」とするかが非常に難しいのです。 もちろん、患者さんの治療が順調に進んでいるなら喜ばしいことですし、こうした喜びを患者さんやご家族と共有することはとても大切です。一歩一歩、着実に歩みを続けることができている、という事実を認識することは、次の治療へのモチベーションにもつながります。 しかし、 「順調だと思っていたのに予想外の方向に病状が悪化し、不幸な転帰をたどった」 「大きな手術に耐え、何とか一つの山を乗り越えたのに、すぐに再発してしまった」 そんな事例に肩を落とす患者さんを何度も見てきた医師にとって、まだ経過が読めない段階から軽々しく「私は失敗しない」とか「大成功だ」などと伝えるのは無責任ではないか、という思いがあるのです。 手術とは、患者さんにとっても外科医にとっても、長い戦いのほんの始まりに過ぎません。手術という治療の、こうした特性を知っていただけるとありがたいと思っています。