「ディスクレーマー 夏の沈黙」真実の迷宮へと引き摺り込む、巧妙に仕掛けられた“語りと形式” ※注!ネタバレ含みます
「ディスクレーマー 夏の沈黙」あらすじ
※本記事は物語の結末に触れているため、本作未見の方はご注意ください。 謎めいた届け物を発端に、人気ジャーナリストは自身の過去が暴かれる恐怖に襲われる。
Shantih Shantih Shantih
著名な詩人T・S・エリオットは、1922年に発表した長編詩「荒地」の最終章を、このような詩句で締め括った。 Shantih Shantih Shantih(平安なれ 平安なれ 平安なれ) ヒンドゥー教の聖典、「ウパニシャッド」に記述されているマントラ。一度唱えることで自分自身の、二度唱えることで自分の周りの人々の、三度唱えることで世界中の人々の平和を導くとされている。 そしてこのマントラは、アルフォンソ・キュアロン監督の代名詞でもある。人類が生殖能力を失った近未来で、社会秩序の崩壊をヴィヴィッドに描いた『トゥモロー・ワールド』(06)。70年代のメキシコを舞台に、ある家政婦の受難と再生を描いた『ROMA/ローマ』(18)。どちらの作品にも、ラストクレジットに「Shantih Shantih Shantih」の一文が映し出される。アルフォンソ・キュアロンは、映画を通して世界中に祈りを捧げているのだ。 そして6年ぶりとなる新作「ディスクレーマー 夏の沈黙」(24)でも、このマントラが使われている。本作は、ルネ・ナイトの同名ベストセラー小説を原作とした、全7話のApple TV+オリジナル・ドラマ。TVジャーナリストのキャサリン・レイヴンズクロフト(ケイト・ブランシェット)は、ある日見知らぬ人物から一冊の本を受け取る。「The Perfect Stranger」と題されたその小説には、かつて彼女が経験した、“封印したはずの過去”が描かれていた。いったい誰が、何の目的で、この小説を執筆したのか?やがて彼女は、その作者ーースティーヴン(ケヴィン・クライン)と邂逅し、過去の自分と向き合うことになる 『ディスクレーマー 夏の沈黙』は壮絶な復讐劇だ。スティーヴンの目的は、息子のジョナサン(ルイス・パートリッジ)を死に追いやった張本人がキャサリンだとする告発。今から20年前、イタリア旅行に出かけたジョナサンは、若かりし頃のキャサリンと出会っていた。二人が一夜の関係を結んだ翌日、ビーチで悲劇が起きる。ボートで沖に出たキャサリンの息子ニコラスが溺れそうになり、救出に向かったジョナサンが、身代わりとなって生命を落としてしまったのだ。しかもキャサリンは、海で必死にジョナサンが助けを求める姿を目撃していたにも関わらず、見て見ぬ振りを決め込む。二人の関係が夫に露見することを恐れて。 写真愛好家のジョナサンは、旅の思い出をフィルムに残していた。その写真を元に母親のナンシー(レスリー・マンヴィル)がことの顛末を執筆し、彼女が亡くなったあと、スティーヴンが「The Perfect Stranger」というタイトルで自費出版。全ては、息子の生命を奪ったキャサリンに対する報復だった。20年前の悲劇を封印したはずの彼女の元に、復讐心に囚われた老人が突然現れ、運命のドアを叩いたのである。