【いま行くべき究極のレストラン】東京産の豊かな食材を活かしたローカルガストロノミー
私が気に入ったのは八丈島の尾長鯛。ポワレした尾長鯛の下にイカ墨の赤ワインソース、レモンバジルオイル、パプリカオイルを敷いて魚出汁のクリームソースをかけるのだが、見た目もきれいで、ソースも魚も旨い。父親のような存在と慕うティエリー・ヴォワザン料理長に鍛えられた成果が昇華した料理だと思った。
肉料理は東京軍鶏をチキンブイヨンで炊いたが、むね肉ともも肉ともにベストの状態で仕上がっていた。
面白かったのは「のしこみうどん」で、これは多摩地区の郷土料理だという。うどんを打ったあとに伸ばして広げることが由来で、山梨のほうとうに似ている。山梨の文化が地理的に近い多摩地区に伝播したのではと松尾さんは解説してくれたが、ラルブルではホウレン草や小松菜、カブなど野菜のピューレをスープに使うフレンチ仕立てにした。
デザートもあきる野産の和栗や狭山茶を使い、あきる野市の玉泉寺住職が焙煎する豆で淹れたコーヒーで締めくくる。まさに東京ローカルガストロノミーだ。場所によっては、地産地消にこだわると、少ない食材で無理にコースを仕立てざるを得ない場合もあるが、松尾シェフの引きだしの多さと東京食材の豊富さで、まったく不自然さを感じさせない。 「休みの日も畑作や食材めぐり、発酵調味料作りなどで忙しいのですが、気になりません」 オープンして1年あまり、都心から訪れる客も増えてきた。基本的にはコースが中心だが、木曜日はコースで使用しなかった食材を活用したビストロ料理が供され、この日は地元の客が中心になるという。 私は知らなかったが、武蔵五日市は「ハセツネカップ」といわれる日本山岳耐久レースで有名で、トレイルランナーにとってはお馴染みの場所らしい。都心から遠いといっても、1時間ちょっと。ランチのあとに秋川渓谷を探索してもいいし、近所にいる、ラルブルの食材を担う生産者をめぐるのも楽しい。東京は奥深いと気づかされた1日だった。 L'Arbre(ラルブル) 住所:東京都あきる野市三内490 TEL. 042-596-0068 BY KOTARO KASHIWABARA 柏原光太郎 ガストロノミープロデューサー。文藝春秋で「文春マルシェ」創設を経て、「日本ガストロノミー協会」会長、「食の熱中小学校」校長、「Luxury Japan Award 2024」審査委員などを務める。近著に『ニッポン美食立国論 ―時代はガストロノミーツーリズム』『東京いい店はやる店』。