「日本は女性医薬の審査がなかなか通らない」 なぜ経口中絶薬は日本で35年も遅れたのか #性のギモン
日本では長い間、「掻爬法」が一般的
日本における中絶件数は、戦後もっとも多い時で117万143件(1955年)。その後は43万6299件(1991年)、20万2106件(2011年度)……と減少傾向だが、今も12万6174件(2021年度)ある。中絶の方法は日本では戦後からあまり変わっていない。妊娠初期に行う中絶は、「掻爬(そうは)」と「吸引」という手術法で行ってきた。 その医師はスプーン状の手術器具を持った右手を前に出し、押し込むようなしぐさで説明した。 「これを子宮に入れ、子宮の内膜をガリガリッてやるんです。習った時、内容物を残さないよう『ガリガリする感覚がわかるぐらいまでやれ』と言われました。でも、下手な人がやると、子宮に穴を開けてしまったりします。数多く実施している医師は大抵経験しています。盲目的手術と言って、おなかを開けずに見えない状態で操作をするからです」 関東の都市部でクリニックを運営するベテラン医師が語ったのは、子宮内に金属製の器具を挿入して内容物を掻き出す「掻爬法」という手術だ。 もう一つのやり方は、プラスチックあるいは金属のストロー状の器具で、吸引口から子宮内のものを吸い出す「吸引法」だ。 「ただ、吸引法を厚生労働省が推奨したのは最近のこと。日本では長いこと掻爬法が一般的でした」 日本では掻爬単独は3割弱、吸引との併用も含めれば約8割と、掻爬はいまだ高い比率だ。
経口中絶薬が承認されている国では比率がまったく異なる。経口中絶薬を使う方法が選ばれている比率は、フィンランドで98%、イギリスで87%(ともに2021年)だ。選択できる場合、多くの女性は経口中絶薬を選んでいることがわかる。 日本の産婦人科医や製薬業界は知らなかったわけではない。それどころか、日本の産婦人科医は、中絶薬そのものには40年以上前から注目していた。
1980年代から注目されるも、日本では導入されなかった
1978年、東京大学医学部教授(当時)が学会誌で子宮収縮などを起こせる薬の候補を使った海外の研究事例を紹介し、「妊娠初期」の中絶薬に使える可能性を示唆した。また、「妊娠中期(妊娠12~22週)」中絶への応用にも言及している。 だが、産婦人科医の一部から反対の声が上がった。1982年に掲載された週刊新潮の記事によれば、「妊娠初期」の中絶薬の導入は「性道徳の乱れに拍車をかける」「専門医が手術するほうがよい」との声もあったという。結局、この薬は1984年に小野薬品から「妊娠中期」の中絶薬(膣内に挿入する坐薬)として製品化された。中期中絶は、中絶全体で1割に満たない。