タイラー・ザ・クリエイター『CHROMAKOPIA』全曲解説 2024年ヒップホップ最重要作を今こそ紐解く
不在だった父親との共通点
「Tomorrow」ではボニータから「私は歳を取ってきて、孫を見たいんだよ」とせがまれるところからスタートする。前曲で親になる覚悟ができていないことを告白したタイラーにとってはたまらない展開である。それに対してタイラーは「明日のことは心配しないで」と先延ばしにしようとしているが、ヴァースでは「友達に二人目の子どもが生まれた」「みんな(子どもとの)可愛い写真をシェアしているけど、俺が持っているのはフェラーリと変な服だけ」と周囲のライフステージの変化を見て羨むような内容もラップしている。なお、「二人目の子どもが生まれた友達」とは恐らくエイサップ・ロッキーのことだろう。音楽的にはビアコとペドロ・マルティンスが弾くギターとジョニー・メイのストリングス、ダニエル・シーザーのベースをフィーチャーしたポップなもの。ドラムも控えめで非ヒップホップ的な味わいだ。 「Though I Was Dead」は、SNSで軍隊についての曲を発表して人気を集めたジョナサン・マイケル・フレミングの「War With a Soldier」をサンプリングした一曲。「兵士と戦争をしたくない」というフレーズとマーチングバンドっぽいホーンをヒップホップの形に落とし込み、サンティゴールドの歌を交えてスクールボーイ・Qと共にキレのあるラップを聴かせている。「みんな俺が死んだと思っていた」と繰り返すフックは、流れの早いラップ・ゲームにおける前作から3年というスパンを自ら皮肉ったもののように聞こえる。その裏返しのように、ここでのタイラーのリリックは強気で発声もパワフルだ。スクールボーイ・Qが「小切手が支払われるまでゴルフをやっていたい」と趣味の話をしていることにも注目。 「Like Him」は、UKのシンガーのローラ・ヤングをフィーチャーしたエモーショナルなポップ。アドリブでベイビー・キームも参加している。主題としては、実の父と会わずに育ったタイラーがボニータから「彼に似ている」と言われることを歌ったもの。それに対してタイラーは「幽霊を追っている」とその実感がないことを語り、「俺はなりたい自分になるために努力してきたことの全て」「彼には似ていない」と否定している。2013年作『Wolf』に収録された「Answer」などで父親に対する憎しみを語っていたタイラーからしたら、その気持ちは無理もないだろう。しかし、「Like Him」の終盤では、実は父はタイラーの父親になりたがっていたがボニータが遠ざけていたことがボニータによって明かされる。本作でここまでたびたび「父親になる覚悟ができていない」ことを歌ってきたタイラーと、父親になれなかった実の父との共通点が示されるのだ。そして、それによって前曲での「みんな俺が死んだと思っていた」というフレーズとこの曲での「幽霊を追っている」が接続される、緻密に練り上げられた構成となっている。