タイラー・ザ・クリエイター『CHROMAKOPIA』全曲解説 2024年ヒップホップ最重要作を今こそ紐解く
ありのままの自分で生きる
「Darling, I」では、タイラーの前作『CALL ME IF YOU GET LOST』にも参加していたティーゾ・タッチダウンをフィーチャー。テキサス出身でベースも弾くオルタナティブなラッパーで、ここではナヨっとした声でフック等を歌い上げている。先述したスヌープ・ドッグの名曲「Drop It Like It’s Hot」の舌を鳴らす音と、Q・ティップが1999年にリリースしたシングル「Vivrant Thing (Violator Remix)」のドラムをサンプリングしたメロウな一曲だ。時折鳴る高音シンセや分厚いベースはGファンク的にも聴くことができる。リリックは愛と自由がテーマで、結婚を視野に入れながらも「一夫一妻制はクソ!」と迷う33歳になったタイラーの心情を描いている。ラストに「誠実さが鍵。正直になりましょう」とボニータから静かに叱られる様がユーモラスだ。 人工妊娠中絶を扱うニューヨークの企業名をタイトルに冠した「Hey Jane」は、「Darling, I」の次に相応しい曲だ。この曲では、妊娠を知ったカップルの心境を両者の視点から語っている。実話なのかは不明だが、責任について真摯に考えるタイラーの姿は初期の猟奇的なリリックを思うとかなりの変化が感じられる。サウンド面はループ感が希薄でヒップホップというよりもジャズに近いもの。メロウなキーボードが心地良い良曲だ。 「I Killed You」は物騒なタイトルだが、ギャングスタ・ラップではなくアフリカ系アメリカ人の髪型についての曲だ。ここでのタイラーは、社会のプレッシャーから髪を切ることを「(社会が)お前を殺す」と表現している。ビートはアフロビートっぽいパーカッシブなもの。サンダーキャットがベース、ブラジルのギタリストのペドロ・マルティンスがギターを弾いている。また、コーラスでサンティゴールドとダニエル・シーザー、アウトロでチャイルディッシュ・ガンビーノも参加。 「Judge Judy」にも引き続きチャイルディッシュ・ガンビーノとサンダーキャットを起用し、さらにギターでスティーヴ・レイシー、ピアノでダズ・バンドのケヴィン・ケンドリック、コーラスでレックス・オレンジ・カウンティが参加している。スティーヴ・レイシー色の強い穏やかなネオソウル系のサウンドで、ジュディという女性との思い出を歌った曲だ。ラストにはジュディから届いた手紙の「後悔のないようにありのままの自分で生きてほしい」という言葉を読み上げているが、これはここまでの曲でのメッセージとも重なっている。