タイラー・ザ・クリエイター『CHROMAKOPIA』全曲解説 2024年ヒップホップ最重要作を今こそ紐解く
自己中心的でありすぎる問題
リリース時に大きな話題を呼んだのが、グロリラとセクシー・レッド、リル・ウェインを迎えたマイクリレーの「Sticky」だ。コーラスでソランジュも参加している。グロリラは2022年にシングル「F.N.F (Let’s Go)」がヒットし、一気にスターダムにのし上がったメンフィス出身のラッパー。セントルイス出身のセクシー・レッドは、名前通りのセクシャルなパンチラインを得意とする2024年を代表するラッパーの一人だ。そこにニューオーリンズが生んだレジェンドのリル・ウェインを交え、音数を絞ってドラムとラップで聴かせるようなパーティチューンに仕上げている。このミニマルさは上述のジャークにも通じるものだ。しかし、途中でJBネタのブラスなども加えつつ、後半ではヤング・バックの「Get Buck」をサンプリングした武骨なファンクに変化。思えばタイラーは『CALL ME IF YOU GET LOST』収録の「CORSO」でザ・ゲームの「How We Do」に酷似したフロウを使っていたし、1991年生まれのタイラーにとってG・ユニットは特別な思い入れがあるのかもしれない。リリックはセクシャルな表現と喧嘩の予兆を描いたパーティ仕様だ。 「Take Your Mask Off」は西海岸ヒップホップファンにとって最大のサプライズだ。この曲ではダニエル・シーザーに加え、スヌープ・ドッグの諸作など数多くの西海岸ヒップホップ作品を彩ってきたシンガーのラトイヤ・ウィリアムスをフィーチャー。サンダーキャットのベースとケヴィン・ケンドリックのピアノも迎えた穏やかなネオソウル系のサウンドで、シンガー二人の柔らかな歌声とタイラーのラップが楽しめる曲となっている。主題は「人々が周囲に溶け込むために付けている仮面を外して、自分自身を見つける」というもの。タイラーはギャングのコミュニティで生きる善良な男性、ゲイであることを隠す説教師、疲れ果てたシングルマザー、そしてタイラー自身の視点でラップしている。タイラーの心情を吐露した最後のヴァースでは、「よくも彼女との結婚を台無しにしようとしたな。仮面を付けたことがないと言い張って恥ずかしくないのか。ボーイ、お前は本当に自己中心的だ。それが親になるのが怖い理由だ」と、「Darling, I」や「Hey June」などでのリリックと繋がるようなラインも登場。自らの問題を素直に曝け出している。