本屋大賞翻訳小説部門1位「ようこそ、ヒュナム洞書店へ」 翻訳者も癒やされ慰められた韓国の書店を舞台にした群像劇
街角の書店に出入りする人たちの日常と、それぞれの挑戦や成長を描いた「ようこそ、ヒュナム洞書店へ」(ファン・ボルムさん著)が、今年の本屋大賞翻訳小説部門で1位に輝いた。翻訳したのは韓国・釜山市在住の牧野美加さん(55)。悩みや葛藤を抱えながらも、少しずつ前へ進んでいく人たちの群像劇に、癒やされ、慰められながらの作業だったという。 牧野さんは大阪出身。2008年に釜山市に移り住んで以降、市広報誌や新聞記事の翻訳を経験。受賞作が7冊目の書籍翻訳となった。 22年に刊行され、韓国で25万部を超えるベストセラーの原書と牧野さんの出合いは書店だった。温かみのある表紙に引かれ思わず手に取った。毎晩少しずつ読み進め「温泉につかったようなじんわりとした読後感」が気に入った。半年後、奇遇なことに翻訳依頼が舞い込んできた。 主人公の女性店主を軸にしつつ、店内でコーヒーを入れるバリスタ、仕入れ先の業者、常連客など多くの人物が登場する。最初は親しみのある日本の俳優を脳内でそれぞれ配役して、せりふを発してもらうことで言葉遣いや口調を使い分けた。翻訳を始めてから原稿を手放すまでに1年ほどかかった。繊細な心情や情景の描写場面も多いが「原書の韓国語が柔らかく、翻訳しながら癒やされるようだった」と振り返る。 牧野さんの一推しポイントは、登場人物たちの生み出す「絶妙な距離感」だ。他人の領域に踏み込まず、それでいて静かに寄り添うように背中を押す。「読んだらきっと、じわじわと心が慰められるはず。いつの間にか、自分までヒュナム洞書店にいるような気持ちになる」 日本では「書店の危機」と言われて久しい。韓国でもさまざまな支援策が講じられている。「書店はどんな姿であるべきか?」の章題で始まる本作は、店が定着する意味や経営の難しさにも触れる。本を単に売る場所から少しずつ変化していく様子に、人を引きつける書店の理想が描かれているように思う。 (釜山駐在・平山成美) ◇「ようこそ、ヒュナム洞書店へ」は集英社刊。2640円。