「解任ブースト」の効果は続いても2、3試合。効用がなくなれば終わりのない混乱が訪れる【コラム】
窮鼠猫を噛むの必死さを見せる
日本サッカー界にはこんな表現がある。成績不振のチームの監督を解任し、そのギロチン効果によって組織全体の士気を高め、調子を上へ釣り上げる。追い込まれた状況でのチームマネジメントの一つだ。 【PHOTO】2024年夏の移籍市場で新天地を求めた名手たちを一挙紹介! 何も日本だけではない。 「el efecto del cambio del entrenador」 スペイン語圏でも「監督交代の効果」と言われ、一つの手法と言える。 監督というリーダーの首を挿げ替える刺激を投じることによって、チームに危機感を張り巡らせる。それによって気持ちを入れ直し、厳しい姿勢で臨む。「一定の効果がある」と言われる。 一つのロジックがある。 新しい監督はチーム刷新で、これまで使われていなかった選手を登用し、戦いに挑む。ようやくポジションをつかむ選手は、「千載一遇」のモチベーションでプレーする。特にハードワークのような部分で、一定の効果が出るだろう。追い詰められた状況で、窮鼠猫を噛む、の必死さを見せる。 もっとも、ブースト効果は続いても2、3試合と言われる。こうしたハイテンションは続かない。なぜなら、戦いの構造として作ってきたわけではなく、張りぼてのメンタルカンフルだけに、すぐに効果は萎む。 そして次に訪れるのが、終わりのない混乱である。 今まで曲がりなりにも、一つのやり方を推し進めてきた主力選手たちは、その変化を受け入れられない。勝つためのロジックを作ってきたチームだったら、なおさらだろう。選手の信頼が厚かった監督を解任した場合、取り返しがつかない。論理的なアプローチは失われ、非論理的な姿勢が強く打ち出されることになるだろう。 「戦う姿勢」「あきらめない」「ハードワーク」「球際」 精神論や局面的なことをチームが打ち出し始めたら、それはすでに万策が尽きた証だ。 「解任ブースト」 それはあくまで最後の手段にするべきだろう。監督が選手の信用を失い、集団として問題を抱えていた場合、一つの選択肢かもしれない。しかし、一部サポーターの「勝てる気がしない」「昔は違った」「気力が見えない」という声に左右された会長が専横的に監督を解任した場合、チームに禍根を残す。解任は大きなリスクがあるのだ。 それ故、現代では賢明なチームは「解任ブースト」を使わない。その効果が極めて限定的で、その後の見通しが立たないことが明らかにされているからだろう。監督の首を挿げ替えるたび、チームのエネルギーは失われるのだ。 「espejismo」 スペイン語圏では、監督交代の効果を「幻影」と呼んでいる。 文●小宮良之 【著者プロフィール】 こみや・よしゆき/1972年、横浜市生まれ。大学在学中にスペインのサラマンカ大に留学。2001年にバルセロナへ渡りジャーナリストに。選手のみならず、サッカーに全てを注ぐ男の生き様を数多く描写する。『選ばれし者への挑戦状 誇り高きフットボール奇論』、『FUTBOL TEATRO ラ・リーガ劇場』(いずれも東邦出版)など多数の書籍を出版。2018年3月に『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューを果たし、2020年12月には新作『氷上のフェニックス』が上梓された。