【下山進=2050年のメディア第41回】離職した看護師はnoteに小説を書いた『ナースの卯月に視えるもの』
現在850万人が利用しているが、秋谷もその一人だった。noteは2022年から「創作大賞」という「スター誕生」のような、賞を始めている。これは協賛社となった各版元が応募作の書籍化の権利を取得できるという立て付けのものだ。秋谷はこの「創作大賞」に応募し、別冊文藝春秋の編集部から声がかかった。これが『ナースの卯月に視えるもの』の原型だった。 それまで編集者というものがついたことがない秋谷に初めて編集者がついた。この編集者とキャッチボールしながら、2万5000字の元の原稿を10万字の第一作にしあげていったのだという。 「たとえば、医学用語の説明から始めてしまっているところを、ここはシーンで始めてください、といった指摘は、一人で書いていたときにはわからなかったことでした」(秋谷) ゲラというものも初めて見た。校閲者がそこに書き込んでいる「ママok?」といった鉛筆の意味がわからなかった。 そんな新人が、2巻の文庫の中吊り広告では、上橋菜穂子や有栖川有栖という大作家と肩を並べて打ち出されているまでになった。 他人と自分を比べてヒリヒリするようなことはないの? と聞くとこんな答えが……。 「看護師の仕事は、他人と競争する仕事ではありませんでした。チームでいかに患者さんを助けるかということで、まわっていきます。それがしみついているので、ものを書いていても、そういう意識にはなりません」 noteの創業者加藤貞顕は今から10年前の立ち上げ時、菊池寛が紙のプラットフォームとして月刊誌の「文藝春秋」を立ち上げたのと同様に、今の時代にクリエーターのためのプラットフォームをつくりたいと宣言していた。 実はノンフィクションでも、文藝春秋や週刊文春からではなく、このnoteからのコンテンツで『世界一流エンジニアの思考法』(牛尾剛著・総累計9万6000部)、『コンサルティング会社完全サバイバルマニュアル』(メン獄著・総累計3万6000部)というヒットをノンフィクション部門以外の一人の編集者が出している。 紙の雑誌からウェブのプラットフォームへ、コンテンツの供給先がかわりつつある。 noteについてはまたとりあげる時もあるだろう。 ※AERA 2024年12月16日号
下山進