ドラマを超えた戒厳令と大統領弾劾 傑作政治スリラー映画でたどる韓国現代史
2024年12月3日午後11時40分、韓国国会上空にUH-60 ブラックホークが現れた。同10時28分に尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領が宣布した戒厳令によって国会解散のために首都防衛司令部をはじめとする兵力が動員され、ブラックホークも出動したのだ。同11時57分には国会入り口に陸軍の精鋭特殊部隊の第1空輸特戦旅団と第707特殊任務団所属の兵力が結集し、翌日午前0時7分に国会への進入を試みる。映画ではなく、文字通りの「実況」。結局、同49分に国会本会議が開かれ、在席190人の全員賛成で非常戒厳解除要求決議案が可決され、戒厳令宣布は無効化、同4時27分に尹大統領が戒厳令を解除するに至る。 【写真】戒厳令宣布を受け、国会に突入しようとする兵士たち=ソウル市の国会周辺で2024年12月4日未明、日下部元美撮影
映画人3000人が署名「尹錫悦を拘束せよ」
衝撃と恐怖の6時間。騒動の原因は300議席のうち170議席を確保している最大野党「共に民主党」が、党代表への捜査に関わった監査院長と中央地検長の弾劾を試み、政府推進のほぼ全ての事業の予算を削減したことに対する大統領の反感から始まったという。3日後、国会での尹大統領の弾劾訴追は与党「国民の力」の不参加で失敗に終わったが、国会に兵力が進入する光景は、2度の軍事クーデターを経験した韓国国民のトラウマを刺激した。同5日から7日まで行われた署名には「殺人の追憶」などの奉俊昊(ポンㆍジュノ)監督や「ペパーミントㆍキャンディー」の出演女優の文素利(ムンㆍソリ)ら3007人の映画人が賛同し、監督組合とプロデューサー組合など81の映画団体が連名で「内乱罪の現行犯、尹錫悦を拘束せよ」という緊急声明を発表した。なぜ韓国ではこのような極端な対立が生まれ、衝突が繰り返されるのか。
「KCIA 南山の部長たち」朴正熙の軍事クーデター
この疑問の答えを見つけるカギは、韓国現代史を描いた映画の中に見つかるかもしれない。最初に訪れる歴史の現場は、1979年10月26日夕方、ソウル鍾路区(チョンノグ)のKCIA(今の国家情報院)の安全家屋。タイトルロールでもあるKCIA部長が、宴会の席上、部下たちを自分に対する忠誠競争であおってきた「パク大統領」とライバルの警護室長を殺害する。頑固さと狡猾(こうかつ)さの両面を持つ人物として描かれているパク大統領が、軍事クーデターで政権を獲得し、事実上の政治警察だったKCIAを前面に出し、絶対的権力を振るってきた朴正熙(パクㆍチョンヒ)元大統領だということは、劇中の名前は違っても、韓国の観客なら誰でも気づく。もちろん彼には産業化、すなわち今の韓国の経済発展の枠組みを作った功績があるが、民主主義の面では内外で決して高く評価されなかった。ジャーナリストの金忠植(キムㆍチュンシク)のルポルタージュにフィクションを加えた「ファクション(Fact+Fiction)」のシナリオとして製作された「KCIA 南山の部長たち」である。