【新春ビッグ対談】連載33年格闘漫画「刃牙」シリーズ板垣恵介×大宅賞作家・増田俊也
板垣恵介氏が描く大人気格闘漫画「刃牙」シリーズ(秋田書店)が累計1億部を突破した。週刊少年チャンピオンでの連載開始から33年での金字塔。板垣氏と親交の深い作家で大宅賞受賞の「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」(新潮社)や「七帝柔道記」(角川書店)で知られる増田俊也氏との対談が実現した。 【写真】楳図かずおさんと荒木経惟さん ◇ ◇ ◇ 増田 僕が「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」で大宅賞を受賞した時、板垣さんから言われたすごい言葉、今も覚えてます。 板垣 俺、なんて言った? 増田 「増田さんは、一生、木村政彦を書いていけ」って。新鮮というか、衝撃だった。「木村政彦──」が売れて、いろんな編集者が家に来て「今度はこの人物の伝記で直木賞を目指しましょう」とか「この人物をモデルにした純文を書いて芥川賞を狙いましょう」とかたくさん依頼があったんです。板垣さんだけですよ、「ずっと木村政彦だけを書き続けろ」と言ったのは。板垣さんは「刃牙」シリーズを30年以上も描き続け、先日ついに1億部を突破した。その板垣さんの言葉だから、物書きとしてズシリときました。 板垣 俺はそう思った。あんなに木村政彦に惚れてるんだから、これは一生書き続けられると。
板垣恵介さんを開眼させた師匠・小池一夫さんの言葉
増田氏は構想18年、原稿用紙にして1600枚の大作「木村政彦──」を書き上げた。板垣さんもさまざまな作品を生み出しつつ、「刃牙」シリーズを30年以上にわたって描き続けている。その執念というか、活力の源は? 板垣 なんでもそうだけど、飽きないってことだろうね。よく、聞かれるんです。生みの苦しみがあるだろうって。俺にはそうでもないんだ。これは、やっぱり師匠の教えが大きい。 増田 師匠というと漫画原作者の小池一夫さんですね。「子連れ狼」などで知られる。 板垣 そう。25歳で自衛隊を辞め、漫画家を目指したけど、5年間、まったく手だてがなかった。それで30歳の時に小池先生が塾頭を務める「劇画村塾」(漫画家・漫画原作者・映画原作者を養成するための塾)に入った。学費は9万円。俺は原作者コースも取ったから18万円。当時の俺にすれば、借金せずには払えない額だった。その入塾式で塾頭が言ったんだ。 増田 その言葉で漫画に開眼したと。 板垣 そう。「キャラクターさえ起てば、漫画は必ず売れるんだ」って。すでに家族がいて後がない俺は一番前の席で聞き入った。「キャラが起つとは?」というその10分程度の塾頭挨拶で、もう18万円の元を取ったと思った。強烈に響いた。塾頭は「キャラクターを1日に3個は書け」と教えたけど、俺は10個以上書いた。キャラクターさえ起てば、ストーリーは勝手に動く。それを描けばいい。それが今も続けられる要因だね。 増田 板垣さんは僕より8歳上の67歳なのに信じられないほどパワフルですよね。前に「なんでそんなに元気なんですか?」と秘訣を聞いたら「毎日抜けば?」と言って。そうかと思って僕も実践してみた。そうしたら1週間で疲れきり、1カ月後には廃人のようになった(笑)。僕にはできない、板垣さんはやっぱり凄い(笑)。 板垣 冗談を真に受けるなよ(笑)。でもね、脳でも筋肉でも下半身でも、使わないと衰えるというのが俺の持論。「廃用性萎縮」って医学用語があるように、脳も筋肉も使わなければ、機能は低下する。これは誰でも実感できること。正しい。 板垣氏が漫画家としてデビューしたのは、自衛隊退職8年後の32歳。新聞社にいた増田氏の作家デビューは40歳。ともに「遅咲き」という共通点がある。苦労しただけに、「野心」も生きる上での 原動力になった。 板垣 最近の若い人は野心とか欲を口にしないね。 増田 目立ちたくないんでしょうね。 板垣 昔から、漫画家にも「好きな作品を描いて、そこそこ食えればいい」という人がいた。「棒ほど願って針ほどかなう」って言葉があるけど、そこそこじゃダメなんだよ。大ヒットを狙っても外すのが当たり前。「そこそこ……」なんて、ヒットより難しい。俺は恥知らずなほど野心があった。 増田 そういえばご家族とのエピソードがありますよね。板垣さんが漫画を描いている時に……。 板垣 デビュー前に狭いアパートの部屋で俺が漫画を描いているとね、のぞきに来た子供たちに妻が「お父さんは勉強中だから邪魔しちゃダメよ」なんて言っている。それがデビューしたら「お父さんはお仕事中だからダメ」と自然に変わった。俺、それがすげえうれしくて。 増田 奥さまをインタビュアーに見立てて、という話も聞きました。 板垣 それもデビュー前。机に向かう前、気力がイマイチ……。そこで、妻を起こして。新聞社のインタビュアーを演じてもらって「成功の秘訣は?」「どうやって成し遂げたんですか?」との質問に答えて奮い立たせたりした。かなり恥ずかしい。