【新春ビッグ対談】連載33年格闘漫画「刃牙」シリーズ板垣恵介×大宅賞作家・増田俊也
「やっぱり板垣さんは絵描きなんだなあと思った」(増田)
増田 2009年の大晦日、さいたまスーパーアリーナのリングサイドで一緒に総合格闘技の試合を見たことは覚えていますか? 板垣 柔道(北京五輪金メダリスト)の石井慧のMMAプロデビュー戦ね。 増田 あの時、板垣さんが何げなく、「あの人、さっきからずっと描いてるよ」と言ったんです。見ると、ちょっと離れたところで、スケッチブックを手に試合を描いている人がいた。当然、僕は気づいてもいない。「やっぱり板垣さんは絵描きなんだなあ」と思った。僕は子供の頃から小説家になりたかったんですけど、板垣さんも絵は子供の頃から? 板垣 一番古い記憶は、近所のアパートの壁にガイコツを描いた。でも、おふくろに言わせると、もっとずっと前、2歳ごろから地面にいろいろと描いては消して遊んでいたらしい。絵を描くと、それをおふくろが褒めてくれるのよ。「あらぁ~上手に描くわねえ」って。あれが大きいんじゃないかな。褒められたいというのもそこにつながる。今でも、ここを描く時は楽しいなって思う。眉毛から目なんだけど、それは小学生の時から変わっていない。読者の皆さんも何を褒められたかは心に刻むべき。もしかしたら、その天才かもしれないから。 増田 板垣さんは矢沢永吉さんともお付き合いがありますよね。 板垣 21歳で読んだ永ちゃんの「成りあがり」(角川文庫)は俺のバイブルだから。成りあがって「角のたばこ屋までキャデラックで行くんだ」って、俺もそんな面倒くせえことやりたい! と思った。 増田 売れたい、成功したい、有名になりたいという強烈な衝動がかき立てられたと。 板垣 矢沢さんも褒められたいんだ。その手段がロックだった。昔、インタビューで矢沢さんは「俺の最大の失敗は芸能人として売れたこと。実業家だったら、サインくれ、握手してくれって人目にさらされることもなかった」と言った。でも、それは嘘だと思う。 増田 理由は? 板垣 だって、一緒に歩いていても、わざと人目につくオープンカフェの前を雰囲気たっぷりで通ったりするし、六本木の自動販売機の前で女の子が2人、迷っているのを見て、「こんばんは」ってすぐに声をかけていたもん。視線、大好き(笑)。それが、永ちゃんの活力なんだろうな。矢沢さんはそりゃ、抜群に格好いいですよ。 増田 今は別の意味で人の目を気にしなくてはいけない時代になった。SNSによる「1億総監視社会」、過剰なハラスメント意識が人々を萎縮させる。僕が書く小説の登場人物にも、ある種の清廉潔白さを求められて驚いたことがある。ただ、そうした理不尽はどこの世界にもある。