「おまえにシンカー投げるなんて10年早いわ」投手の自己顕示欲をくすぐる打者とは・山田久志さん プロ野球のレジェンド「名球会」連続インタビュー(39)
▽監督も認めてくれていた暗黙の了解 落合博満には参ったなと思ったのはね、シンカーはそんなに本塁打を打たれるボールじゃないんだけど、西宮球場のレフト場外に打たれた。シンカーをあれほど飛ばされた経験は、それ1本だけ。彼がロッテでがばがば打ってた時期に、シンカーが打たれた記憶はあまりない。ある時、突然に打たれ出すんだね。彼は私のシンカーを研究したと思う。彼がいろんな人に言っていたのは「山田さんのシンカーは、すくい上げたら絶対駄目。球を上からつぶすような感じで打つんだ」と。恐れ入りましたな。そういう打ち方ってあるのかな。だからゴルフですよね。上から押し込んで打っていく。そこを考え、打席でやれるのは落合しかいないね。タイミング一つ間違えれば全く駄目なんでしょうから。一時は全く打てなかったボールを事もなげに打つ。そして遠くへ飛ばせる。彼の技術からすれば、ヒットならしょうがないですよ。それをことごとく芯に当てて遠くへ飛ばせるようになるというのは、こっちからすると衝撃ですな。後にも先にも右打者でシンカーを打てるのは彼だけです。
私が200勝を達成した試合では3本塁打された。最後はカーブ。落合としゃべったことがあります。200勝がかかってて九回ツーアウト。あそこは三振してゲームセットで花を持たせた方が記事になるし、絵にもなる。何を考えてんだと。「山田さん、あれはね、ほんと打つ気がなかったんだ。ポッとバットが出たら、バットに乗っちゃったんだ」。打つ気がそんなになくても、うっかりバットを出したら西宮球場のライトのラッキーゾーンに運んでしまう。そこがすごい。最後の打者は落合か、ちょうどいいなと。それで追い込んで、内心「あっ、打たないな」という感じがあった。落合も打つ気がなかったというのは、うそではないと思うんだよね。 門田博光さんとはね、2人だけの取り決めみたいなのがあった。暗黙の了解で「おまえ、シンカー投げないだろうな」というカドちゃんの待ち方。こっちも「シンカー投げないよ」と真っすぐとカーブになっている。20年近くやって一度も変わらなかった。こんな勝負は珍しいと思うけど、南海戦はカドちゃんと対戦するのが楽しかった。高めの真っすぐで空振り三振を取った時の快感というのは、勝ち負け以上のものがあったね。監督は当時の西本幸雄さんにしても、上田利治さんにしても、ある程度分かっていてね。度外視まではいかなくても、この2人ならと認めてくれてるところあったんじゃないか。