タイ人労働者、戦乱のイスラエルになぜ戻る? 奇襲で犠牲30人、それでも現地で働けば…
イスラエル軍によるパレスチナ自治区ガザへの侵攻が続く中、一度はイスラエルから帰国したタイ人の出稼ぎ労働者が再び渡航し、農場で働き始めている。2023年10月7日のイスラム組織ハマスの奇襲でタイ人も30人以上が犠牲になり、現在も人質がガザに残る。タイ政府は約8千人を帰国させたが、イスラエル側は人手不足から好条件を提示し出戻りを促している。(共同通信=伊藤元輝) 2023年12月下旬、タイの首都バンコク近郊のスワンナプーム国際空港で、イスラエルに直行するエルアル航空にタイ人労働者約20人が次々と乗り込んだ。テルアビブに到着すると人材派遣業者が出迎え、各地に移動した。 タイ人のサキシットさん(33)は2023年9月下旬に初めて渡航。中部カディマゾランのイチゴ農場で働き始めたが、約2週間後に戦闘が始まった。この地域では奇襲の被害はなかったが、戦闘激化を懸念してイスラエルからの退避を促すタイ政府の呼びかけに応じ、2023年10月下旬に帰国した。その後、残った同胞から情勢は落ち着いていると聞き、再渡航を決めた。
日給は元々タイの小作農の5倍以上に当たる210シェケル(約8千円)で、今回はさらに20シェケルを上乗せするとの提示を受けた。福利厚生で保険に加入できる好条件も付き、背中を押された。「妻と3人の子どもを養うために多少のリスクは引き受ける」と語る。 地方に低賃金の小作農を多数抱えるタイと農場の働き手不足に悩むイスラエルは需給が一致し、労働者派遣の協定を結んで渡航手続きを簡素化していた。タイ政府によると、奇襲前は約3万人のタイ人がイスラエルの農場などに滞在していた。 イスラエルメディアによると、協定に基づく労働者派遣は戦闘の長期化で停止中。人手不足が深刻化し、農家からは不満が噴出している。タイ政府が引き続き自国民に渡航自粛を求める中、イスラエル政府は協定の枠外での受け入れを承認。同国での就労経験者に限定し、約5千人に入国許可を出した。 カディマゾランのイスラエル人農場経営者ツァヒ・アリエルさん(42)は「タイ人とは20年以上一緒に働いており、大切な仲間だ。地域ごとに安全性は異なり、タイ政府が一律に危険視するのは残念だ」と訴えた。
ただ、イスラエル北部やガザ周辺は連日ロケット弾攻撃にさらされており、各地で警察官や兵士らへの襲撃も発生。再渡航後にガザ周辺に派遣される例もあり、安全確保への懸念は残っている。