『光る君へ』描かれなかったアナザーストーリー、「道長の暴力性」「恋多き賢子の結婚相手」「実資が見た淫らな夢」
■ 倫子から「老化防止アイテム」を贈られてムッとした紫式部 最終回は、道長の妻・倫子がまひろ(紫式部)に「あなたと殿はいつからなの?」と問いかけて、それにまひろが答えるという緊迫したシーンから始まった。 道長が紫式部と恋仲だったという裏付けはないが、それにもかかわらず、式部と倫子の間では、スリリングなやりとりがあったようだ。 寛弘5(1008)年9月9日、彰子の出産が近づいた頃に、倫子から紫式部に「菊の着せ綿」が贈られた。『紫式部日記』によると、倫子からのこんなメッセージが添えられていたという。 「これ、殿の上の、とりわきて。『いとよう老い拭ひ捨て給へ』と、のたまはせつる」 (これは、殿の奥様から格別に贈られてきたものです。『この綿で、うんとすっきり老化をお拭き取りなさいませ』 とおっしゃっていました) 9月9日は「重陽の節句」で、その日の朝にその綿を使って体や顔を拭うと、老化防止になり、若返るとされていた。受け取った式部は、次のような歌を倫子に贈ろうとしたという。 「菊の露 わかゆばかりに 袖ふれて 花のあるじに 千代はゆづらむ」 (せっかくの菊の露、私ごときはほんの少し若返る程度に触れておいて、後は花の持ち主である奥様にみなお譲りします) 暗に「若返りが必要なのは、私ではなく、倫子さまの方です」と言っているようなもの。結局、すでに倫子が帰ってしまっていたため、歌を贈ることはやめているが、式部に思うところがあったのだろう。 『光る君へ』では道長と式部は恋仲にあるだけに、この逸話も「倫子vsまひろ」の展開に持っていくには使えそうだ。だが、それをしてしまえば、最終回の直前になって、いきなり倫子がまひろに問いただす、という衝撃的なストーリーは生まれなかっただろう。ここでも目先の盛り上がりにとらわれない逸話の取捨選択が光ったように思う。 昨年の『どうする家康』に続き、『光る君へ』の解説も1年間続けることができた。初対面の人に「読んでいます」と言われることも増え、大変励みになっている。いただいた感想の中で驚いたのは、「平安時代にハマったので、来年から『小右記』を読みます」という声だ。 せっかく『光る君へ』で平安時代の魅力に触れたのだから、ドラマを見終わったら、さらに自分なりに深めていくという姿勢には感服するばかり。 今回は『光る君へ』で存在感のあった人物について、ドラマで描かれなかった一面を紹介した。私もせっかくここまで平安時代を楽しんだので、今後も折を見て関連人物を記事で取り上げていきたいと思う。 【参考文献】 『藤原道長「御堂関白記」全現代語訳』(倉本一宏訳、講談社学術文庫) 『新潮日本古典集成〈新装版〉紫式部日記 紫式部集』(山本利達校注、新潮社) 『殴り合う貴族たち』(繁田信一、角川ソフィア文庫) 『現代語訳 小右記』(倉本一宏編、吉川弘文館)
真山 知幸