親に「やめなさい」と苦言…それでも「クレームなし」の中学教師はどんな保護者対応をしているのか
大人気ない態度、あるいは教育的によろしくない言動を見せる保護者に、教師はどう対応すればいいのか。この記事の著者・長谷川氏は、若い頃からそういった“癖のある”保護者と何度も対峙してきたが、クレームが寄せられたことは一度もなかったという。どうすればそのようなことが可能になるのか、部活動での指導経験をもとに解説した特別記事をお届けする。 【画像】「しすぎたらバカになるぞ…」母の再婚相手から性的虐待「すべてが壊れた日」 前編記事〈「もう君らを信頼できない」…自ら授業放棄した中学教師が、それでも保護者から「大応援」される深いワケ〉より続く。
教師をサポートしてくれない保護者と、どう関わっていくか
私は保護者を「サポーター」と呼んでいる。保護者会は「サポーターズミーティング」である。なぜそう呼ぶかというと、子どもの成長、そして学級全体の向上を願い、支えるため共に汗をかいてほしいと思っているからだ。 その思いに共感し「共汗」してくれる保護者からの手紙には、心震えるものがある。つい先日、発行している学級通信が100号を超えたときには、複数のサポーターが電話で、あるいは手紙でお祝いの言葉を寄せてくださった。美しい鉢植えを贈ってくださった方もいた。 保護者は多忙だ。だが、そんな忙しい合間を縫って学校に関心の目をむけ細やかな気配りをしてくださる……そこに私は心動かされるのだ。 すべての保護者が教師の味方にサポーターになってくれれば理想的だが、現実にそのようなことは起こりえない。学級のなかには、私を支持する生徒がいる一方、冷めた目で見ている生徒もいる。同じように、熱心に私を、学校を支えてくれる保護者もいれば、そうでない保護者もまた、当然いる。 教師にとって気がかりなのは、そのようなサポーターになってくれない保護者のほうであろう。対応を誤れば苦情を寄せられることにもなりかねない。だが、教師と相容れない保護者からも納得を得られる生徒指導、学級経営は可能だ。この記事では部活動でのエピソードをもとに、そのことを書きたい。
崩壊した部活で貫き続けた「所信」
ある年に異動した学校で担当したサッカー部は、まさに崩壊寸前だった。 評判が悪いので入部がない。 まともに活動する部員は4人だけ。 マナーも伝統も練習方法も、何もかもが失われた状態からのスタートだった。 多くの学校にいえることだが、サッカー部には各学年の「やんちゃ」が集まりやすい。この学校も例外ではなく、私が担当する前の1年間はサッカー以外の問題が相次いで起こった。 「挨拶、返事、後始末のできない人間は、サッカーをやる資格すらない」 私は幼少のころからこう教えられて育った。精神論を説こうというのではない。どんなスポーツであれ、自律できない選手、規律に欠けたチームが勝てるはずないのである。 規律の乱れは、日常の些細なところから始まる。 ・日常生活でシャツを出す。 ・かかとを踏んで靴を履き、脱いでもそろえない。 ・すわって授業を受けることができず大声を上げる。 ・掃除をサボり続ける。しかもそれを周囲に自慢げに語る。 そんな態度の部員は、厳しい練習に耐えられない。当然、勝つことなどできない。 実際、練習試合でも本番の試合でも、結果は最悪だった。私と出会って2ヵ月後に行われた大会の地区予選は、一回戦で「0対19」……地獄としか言えない完敗である。部活動が崩壊していた結果がこれだ。どん底だ。だからこそ、これから上昇していく以外にない。 私は部でも通信を出し、そのなかに次のようなことを書いた。書くだけでなく、折を見つけては語って聞かせた。 「日常生活がきっちりできない人間は、何をやっても駄目だ。1000人近くの子どもをみてきたが、大きなことを成し遂げた子や、ゆっくりでも確実に伸びていった子は、例外なく挨拶・返事・後始末にはじまる日常のささやかなことをきちんとやっていた」 「逆に、当番をサボったり、だらしない服装をしたりしていた子は、結局、花を咲かせずに終わった」 「中学校は人生の入り口にすぎない。だが、その入り口の、土台作りの時期である『今』を真剣に生きるか、それともいい加減に過ごすかは、その後の人生にきっと大きな影響を与えるだろう。もちろん、これから挽回して成功できる可能性はゼロではない。だからこそ私は今、諦めず、同じことを何度も語るのです」