山田洋次監督の歩みや作品の解説書 フランス人ジャーナリストが800ページに込めた愛
――ルブランさんが指摘するように、『男はつらいよ』シリーズは確かに日本の戦後史をドキュメンタリーで観ているように感じます。こうした映画シリーズは世界にも例がないのでしょうか? これほどの長さのシリーズは、世界中どこを探してもないと思います。それこそがこのシリーズの真骨頂であり、山田監督は、日本の経済力の台頭から金融バブルの崩壊まで、日本の現代史における重要な時期を記録することに成功したのだと思います。 2019年の『お帰り 寅さん』では、「いま、幸せかい?」というシンプルな問いかけで、それまでの10年間の日本の逆説的な状況を浮き彫りにしています。 ――本書を書くのに1年かかったそうですね。ジャーナリストの仕事をしながら作品を見直し、さまざまな文献を読み直したのは大変だったのでは? 執筆に1年かかりました。しかし、取材や研究は数年に及びました。まるでライフワークのようです。 いずれにせよ、山田監督の90本の映画を何度も繰り返し観ることは、いつも大きな喜びでした。なぜなら、観るたびに多くのディテールを発見でき、それによって作品につながりが生まれ、彼の作品を首尾一貫した全体として観ることができるからです。これこそが、山田監督を単なる映画監督ではなく、真の作家たらしめているものなのです。 ――『男はつらいよ』シリーズの50作品から3本を選ぶとしたら? 『寅次郎恋歌』(1971年)、『葛飾立志篇(へん)』(1975年)、『寅次郎あじさいの恋』(1982年)です。でも本当は、ほとんどすべての作品を挙げたいです。 ――『男はつらいよ』のような大衆的な作品がなかなか芸術として高評価されない理由をどう考えますか? コメディーは一部の例外を除いて、一般的に映画評論家に評価されていません。笑う映画は原理的に作りやすい、という一種のスノビズム(教養人を気どったきざな俗物的態度)があるのでしょう。 山田監督の作品がすべて傑作だとは言いませんが、多くの映画評論家が知的怠惰のために探求しようとしなかった深みが、どの作品にもあります。しかし結局のところ、最も重要なのは、彼の映画に対して大衆の関心が高いことなのです。 山田監督の『こんにちは、母さん』(2023年)とヴィム・ヴェンダース監督の『PERFECT DAYS』(2023年)を検討してみましょう。 両作品とも東京スカイツリーを背景に置き、舞踏家で俳優の田中泯をホームレス役に起用しています。しかし、この二つの作品でスカイツリーの意味するものも、田中泯が演じるホームレスもまったく違います。 ヴェンダース監督の作品は美しいが、現実味はなく、社会性もない。カンヌ国際映画祭で紹介され、主演男優賞を受賞しました。他方、山田監督の作品は人間的なものであり、物質主義への批判が込められ、観客から好評でした。 社会は「きれいなもの」ばかりに目を向けようとする状況だと思います。 ――ルブランさんが山田監督と協力して、『男はつらいよ』最新作の脚本を書くとしたら、どんな内容にしたいですか? 山田監督はとても厳しい脚本家だと思いますが、一緒に脚本を書けたら夢のようです。 私のアイデアは、高知県安芸市の伊尾木にある「寅さん地蔵」が目を覚ますというものです。寅さんは四国の予土線の美しい女性の駅長と恋に落ちるが、彼は(赤字の)予土線が廃線の危機に瀕していることに落胆する。寅さんは廃線になることを阻止するために地元の人びとを動員することに成功します。ところが、その若い駅長は四国で計画されている新幹線の駅長になることに同意したと知り、寅さんは結局、寅さん地蔵に戻るというものです。
朝日新聞社