山田洋次監督の歩みや作品の解説書 フランス人ジャーナリストが800ページに込めた愛
――山田監督の幼少期についても詳細に書かれています。監督には何回ぐらい取材をしましたか。監督はこの本について何と言いましたか。 回数は数えていませんが、監督には何度もお会いしました。手紙のやりとりもしました。彼の素朴さと心の広さにはいつも感謝しています。 彼は私が真剣に取り組んでいることをすぐに理解してくれました。監督への取材を重ね、しまいに彼は、自分よりも私の方が彼のことをよく知っていると言うようになりました。私は旧満州に行き、彼の映画人生についての理解を深め、彼の人生を語るために多くのリサーチもしました。 ――あとがきに「作品の質を決めるのは結局たった一人の監督の感性、彼の内なる微妙な心の動き、そして彼の思想と人間的品性なのだ」と書いています。山田監督と会って話をされて、その思いを強くしたのですね。 もちろんそうです。山田洋次は、天才的な映画監督のビリー・ワイルダーが『アパートの鍵貸します』 (1960年)で示したような意味において、「正直な男」であり、「メンチュ(Mensch、人間)」です。彼の映画の登場人物の多く、特に寅さんがそうであるように、彼も人格者です。 監督は仕事に力を注いできた世代でもあり、それが社会に対する確固としたビジョン形成に影響しています。だから、彼の静かな強さにいつも感心します。 ――「日本人は『寅さんは日本人にしか分からない』とか、『その心情はとても日本的だ』と言うが、それは間違っている」というあなたの指摘に驚きました。日本人であっても昭和時代を知らないと、寅さんの味わいは分からないと思っていました。しかし、2022年にパリで寅さんの上映会を1年にわたって実施。平均180~200人の観客が集まり、うち70%がフランス人だったそうですね。現代のフランス人が寅さんの魅力が分かるのは、なぜでしょう。 山田監督の深い人間性に、人びとは引かれるのです。この本を執筆していた2020年、コロナウイルス危機の最中に、私は近所の人たちを誘って山田監督の映画を観に行きました。彼らは特に日本や日本映画に興味があったわけではありません。しかし1作目の『男はつらいよ』を観た後、ほかの作品も全部観たいと言うのです。彼らは、山田監督が映画の中で強調する人間の絆に感動したのです。パリの上映会で観客の心を動かしたのも同じことです。 フランスでも日本と同じように、グローバル化という現象は限界に達していると思います。『男はつらいよ』シリーズの映画は、グローバリゼーションに対するアンチテーゼなのです。 グローバル化はライフスタイルを標準化しますが、結局のところ、人びとは昔と同じように違いがある環境の中で生きていく必要があるのです。ライフスタイルの標準化が違いを一掃し、ある意味、山田監督の映画は違いを再現するのに役立っています。興味深いことに、画一化の波は(寅さんの故郷の)東京・柴又にも広がり始めています。寅さんと妹のさくらの像が立つ、柴又駅を出てすぐのところにまで、日本各地にある画一的なカフェができました。 山田監督の映画は抵抗の形を体現しており、それが、どこにいても同じブランドに囲まれることを望まない人びとに訴えかける理由なのだと思います。