「生き延びるだけで精いっぱいの1年だった」「会えなくて寂しい」…午後4時10分に追悼の鐘18回
石川県内に甚大な被害をもたらした能登半島地震は1日、発生から1年となり、輪島市や珠洲市などの被災地の各地で、地震発生時刻の午後4時10分には犠牲者を悼む黙とうがささげられた。一方で、被災者を勇気づけるイベントも展開され、復興への思いを新たにした。
輪島市門前町門前の総持寺祖院では、能登半島地震と昨年9月の豪雨の犠牲者を悼む法要が営まれ、午後4時10分に合わせて追悼の意を込めた鐘が18回鳴らされ、地元住民らが黙とうをささげた。
自治体の応援職員らの仮設宿泊所で働く同市の男性(46)は、自宅の下敷きになって亡くなった消防団の先輩の写真を手に訪れた。男性は「面倒見の良い、頼りになる人だった」と故人をしのびつつ、「今年も宿泊所で支援者を支え、復興に向け、手助けをしていきたい」と思いを新たにしていた。
同市町野地区周辺の犠牲者を悼む法要も、同地区の天王寺で営まれた。地震と豪雨による県内の死者計514人と同数の灯明が設置され、周辺の住職や檀家(だんか)らが午後4時10分に合わせて合掌した。
同市南志見地区の仮設住宅で暮らす女性(77)は「多くの人が亡くなり、心がモヤモヤしたが、少し穏やかになった。がんばっていきたい」と話した。
津波被害を受けた珠洲市宝立町鵜飼の海岸では午後4時10分に、住民らが黙とうをささげた。海岸沿いから見える見附島は、地震で南東側が崩れ、以前の半分ほどの大きさになっている。
能登町出身で幼い頃から見附島を見てきたという金沢市のトラック運転手の男性(65)は「地震がもたらしたものを伝えたくて、大学生の子2人を連れて来た。さみしさがこみ上げてきた」と話していた。
地震後の大規模火災で焼失した輪島市河井町の朝市通り周辺では、亡くなった親族や知人を悼む人々が訪れ、花を供えた。
夫のいとこを亡くした女性(64)は「生き延びるだけで精いっぱいの1年だった。全て失ってしまったが、何世代も引き継いできたこの場所がどう変わっていくか見ていかないといけない」と話し、静かに手を合わせた。