普通の人より苦労したから、離婚とか嫌なんで--アンガールズ田中卓志の「幸せ」
いちいち山根のことを気に入らない時期があったけど
今や、テレビでは安定的に存在感を放つ。その理由について、「運の要素が強い」といいながら、「相方に巡り合わなければここまで来れなかった」と振り返る。大学時代のサークル仲間である山根とは、やはり特別な信頼関係がある。 「どのコンビもあるあるだと思いますけど、本当の出始めのときは仲がいいけど、売れて少し時間が経つと、あいつのツッコミ方がどうとか、ボケ方が気に入らないとか、まあ、反目することがあるんですよ。知識と経験がないんですよ、今考えてみればね。不安とか焦りを、相手にぶつけているようなもので。仕事を続けて、ある程度、この世界でやっていけるなと思った頃には、そういう気持ちも消えていく。それで、おっさんになればなるほどどうでもいい、となる。俺もそうでした。いちいち山根のことを気に入らない時期があった。山根にもあったとは思いますね、多少は。聞いてみないとわからないけど。そんな話もわざわざしないですね」 解散しようと思ったことはある? 「解散ってカロリーいりますから。本当の離婚ぐらい大変じゃないですかね? 解散したからって、仕事をゼロからやるの?とか考えたら、できないんですよね、別れるなんて。僕は、考えたことはないですね」 ゴールテンタイムの看板番組では、若手タレントを生徒に見立て、先生役としてMCを務める。これから芸能界で活躍したいと夢見る新人たちを前に、気にかけていることがある。 「なるべく深く聞いてあげたいという気持ちがあります。自分が若い頃、『ああ、今日もダメだった』って収録後に帰ることが多かったから、彼らには、せめて『今日は楽しかったな』と思ってほしい。世の中には芸達者で器用なMCがたくさんいますけど、俺は、自分なりの笑いの作り方とか、回し方ができるといいなと思っています。やっぱり、個性が大切だと思うから」
上京したときの目標は、『ゴールデンで番組をやること』だったという。 その夢は叶った形だ。もうすぐ50代、これから目指したいことは? 「意外と先のことは、自分では決まらない。周りの人に声をかけてもらって決まっていく世界なので。あえて具体的な希望を言うとすれば、山根と、アンガールズでゴールデンの番組を目指したい。あいつ、落ち着いてヒョロヒョロしてる印象かもしれないけど、ものすごく口が悪いんです。それが、俺にとっては魅力。でもまだそういう面をあまりテレビで出せてなくて。もう周りが引くくらいなことを言うんで、それをうまくテレビの世界に馴染ませられたらなと思ってます」 数年前、田中は番組の収録中、「田中と友達に戻りたい。友達に戻ってまた一緒に旅行とか行きたい」と山根に言われたと言う。どこへ行きたいかと、最後に聞いてみた。 「山根って、外国ではけっこうたくましいんですよ、日本ではコソコソしてるけど。何か開放的になるんだよね。うーん、メキシコ。タコスとか、すごい食べそうだもん、あいつ。俺は世界遺産とか建築物とか見たい。お互いに楽しみを持っていけるんじゃないかな。メキシコ、行きますか」 ___ 田中卓志(たなか・たくし) 1976年、広島県生まれ。お笑いコンビ「アンガールズ」のツッコミ(ボケ)担当。相方の山根良顕とは学生時代からの友人。広島大学工学部第四類建築学課程卒業。2000年にコンビ結成。2006年、「24時間テレビ 愛は地球を救う」の100キロチャリティマラソンで山根と一緒に走った。空手、ジョギング、バイオリン、囲碁、紅茶など、趣味は多岐にわたる。2022年4月から、MC番組『呼び出し先生タナカ』を担当。ほか、レギュラー番組多数。俳優業もこなす。8月31日、初めてのエッセイ集『ちょっと不運なほうが生活は楽しい』(新潮社)が発売になる。 本記事はYahoo!ニュースがユーザーと考えたい社会課題「ホットイシュー」、「#昭和98年」の一つです。仮に昭和が続いていれば、今年で昭和98年。令和になり5年が経ちますが、文化や価値観など現在にも「昭和」「平成」の面影は残っているのではないでしょうか。3つの元号を通して見える違いや残していきたい伝統を振り返り、「今」に活かしたい教訓や、楽しめる情報を発信します。