料理で自己肯定感を高めて――「ごちそう」でも「時短」でもない、長谷川あかりのレシピ #食の現在地
「30品目」も「おいしい」も目指さなくていい
そこで目指したのが、「リッチなごちそう」と「時短ラクウマ」の間にあるレシピだ。日々ごちそうを作る余裕はないが、時短調理だと「手を抜いている」という気持ちになってしまう人もいる。 「『簡単』『テキトー』だと『家族に申し訳ない』という罪悪感を抱いたり、自尊心が削られてしまったりする人に向けてレシピを考えています。楽をするためではなく、あえて具材を減らして野菜一つにすることで野菜そのもののおいしさを味わえて、調味料も少なくて済みますよ、と」 「メイン素材1種類、野菜1種類」「調味料は塩だけ」など、食材や調味料の数を絞ったレシピを多く提案する。長谷川さんもふだん作るのはそういう料理だという。 「大好きでよく作るのは、酒蒸しですね。素材の味を引き出す調理法なので、食材によってかなり味が変わりますし、失敗がない。クリームチーズを入れるとクリーム煮みたいになったり、かつお節を入れて刻みのりをかけると和風になったり、応用も利きます。食材の管理って、脳のリソースを食うんですよ。小松菜を1袋買ってきて全部使い切っちゃうほうが楽だし、経済的にもフードロスの観点からも合理的。うちの冷蔵庫はいつもガラガラです」
健康のために多品目を摂取したほうがいいとも言われるが、さほど気にしていない。 「『1日30品目』という標語が呪いみたいになっていたりしませんか? 本質は、『偏食しないでいろんなものを食べよう』ということだと思うんです。1日で30品目を達成しなくても、1週間や1カ月にならした時にいろんな種類のものを食べていればいい。薬とは違い、長いスパンで体がゆるやかに変化していくというのが食べ物の特性やよさだと思います」 料理について完璧主義にならず、あまり一喜一憂しないでほしいという思いがある。 「料理家が言うのは変かもしれませんが、『おいしい』を一番の目的にしなくていいと思っています。家に海原雄山(漫画『美味しんぼ』に登場する究極の美食家)がいるならやったほうがいい手順と、いないならパスしていい手順があると思うんです(笑)。例えばブラインドテストをした時に、具材の角切りがミリ単位でそろっていないことを舌で感じ取れるのか。『目隠ししたらわからないかも』とご自身が思うのであれば、省いていいのかなと。また、その違いに気づいたとしても、手間とおいしさを天秤にかけて手間のほうが上回ってしまうと感じた場合は、やっぱり省いたほうがいい」 料理を研究するなかで、「このひと手間で明らかに変わる」と思った工程はレシピに残し、違いがわからない、あるいは手間とおいしさのバランスがとれていないと感じた工程は外しているという。一方で、あえて残す手間もある。 「例えば薬味を刻んでいる時、香りがふわっとあがってきて、『ああ、素敵!』と思ったりする。そういう料理を楽しく感じられるプロセスは残して、嫌いになってしまう可能性をはらむプロセスはバッサリ削ります」