江戸前寿司でサーモンは邪道? 寿司職人が「海外SUSHIブーム」に思うこと
外国人指名ナンバー1の寿司は「サーモン」。選ばれる最大の理由とは?
今、日本でも、お寿司の好きなネタランキングの一位は、マグロを超えてサーモンになっています。 2002年頃、私が東京で店を出したとき、周りにもけっこう寿司店が多くて、7~8店舗はありました。他の個人店はわりと江戸前にこだわっていましたが、私の店では出前のメニューや店頭でも、サーモンを多く取り扱っていました。 私は日本で店を出す前に海外でも働いていて、サーモンが海外で人気があるのをよく知っていました。日本ではその当時、まだサーモンがそれほど有名ではなかった時代で、やっぱりマグロが寿司ネタで一番人気でした。 私の店で海外で人気があるからとサーモンを使っていると、周りのお店からは、「小川さんとこはサーモン使っているよね」「あいつの店は江戸前をうたっているのにサーモン使っているぞ」と言われたりしました。 当時30歳で店を出したときは、周りの職人は昔ながらの大先輩ばかりでした。江戸前といえば、ふつうはサーモンはありません。江戸の東京湾でとれた魚を使うのが基本的に「江戸前」とよばれるので、サーモンが邪道だという意識が、昔ながらの江戸前寿司屋にはありました。 ところがサーモンはすごく売れるので、商売としてとてもいい。しかも当時、まだ仕入れ値はそれほど高くなかった。だんだん人気が出てきました。そうして使い続けていると、うちの店は忙しくなってきました。 そうなると他の店からも注目されるようになりました。2、3店舗の寿司店の方に会って話をしてみると、最近出前の電話で、「お宅の店では、サーモン置いていますか?」とすごく聞かれると言っていました。「サーモンは置いていない」と答えると「ないんだ...」と言われ切られちゃう。だから、商売にならないという話をよく聞きました。 でも今、江戸前と言ったって、東京湾でとれる魚がどれだけあるのという話です。時代とともに変わってきているのだから、そこにこだわらなくてもいいんじゃない、という話をしてたら、だんだん周囲の店もサーモンを使うようになってきました。そのくらい、サーモンはみんなが愛しているというか、人気があります。 その理由はなぜかというと、まず一つは見た目、色でしょう。サーモンは不思議なことに、時間がたっても色が変わらない。これはすごい魅力で、普通マグロや他の魚は、時間がたつと劣化とともに変色していきます。サーモンにはそれがないし、しかもちょっと橙色っぽくておいしそうに見える。それが人気の理由の一つです。 あとは、サーモンは身質が非常にやわらかい。欧米の人たちはあごが弱く、歯ごたえのあるものを好みません。例えば、外国人が苦手なのは、タコやイカやアワビのような貝類。固くて食べられません。面白いのは、普通に活締めした新鮮な魚を、とくにヨーロッパの方に食べさせると、固くて食べられないと言います。 一方で日本人は、あのコリコリとした歯ごたえを好みます。とれたてで身が硬直して、歯ごたえがあって、それが鮮度がいいと言ってよろこびます。この点はとても対照的ですね。 最近、「熟成」というのが日本でも流行ってきていますが、熟成したやわらかい、口で溶けるような食感が海外の人たちは好きで、サーモンは最初から最後まで身質がやわらかく、口の中で溶けやすい。背のほうもほのかに脂があって、身がやわらかいから人気がある。 また、値段が手頃なのもいい。サーモンは世界でも養殖をしている国が多く、日本ではノルウェーサーモンが有名ですね。私はノルウェーに何度も行っていますが、とにかく自然が豊かで環境もよく、海を使って養殖しています。稚魚を育てて、どんどんどんどんイクラをふ化させる。しかもそれをイクラとして売らず、サーモンのみを扱っている。 最近ではイクラがとれなくて、世界中で問題になっています。寿司ネタで今一番値上がりしているのがイクラではないかと私は思います。私がお店を始めた2002年当時より5倍近く上がっている。今後イクラはもうなくなってくるかもしれません。 なぜかと言うと、イクラよりサーモンにしたほうがお金になるから、ふ化させてしまう。養殖しやすいから、値段が手頃になるんですね。 ノルウェーサーモンに関しては、アニサキス対策がしっかりされていて、安全に提供されています。サーモンはキロ1500円前後だけど、マグロはよいものであれば、キロ一万、二万、それ以上にいってしまう。 そういう面では、サーモンは手頃だし、とにかく色がきれいで身質もやわらかい。臭みもないから子供はサーモンが大好きですね。焼いても、スモークにしてもおいしいし、どこの国でも愛されています。 どこの国でも流通が簡単というのもあります。カナダ、南米チリ、北欧のノルウェーなど、世界中で手に入りやすい。流通が利いて手頃だから人気があるのでしょう。
小川洋利(寿司職人)