アンジェラ・サイニー 著/上野千鶴子 解説/道本美穂 訳『家父長制の起源 男たちはいかにして支配者になったのか』(集英社シリーズ・コモン)を斎藤美奈子さんが読む(レビュー)
男女不平等をめぐる根源的な難問に切り込んだ快著
ジェンダー平等はいまや世界的な課題である。各分野の男女平等度を測るジェンダーギャップ指数がはじめて公表されたのは二〇〇六年。日本の低迷ぶりは目を被(おお)うばかりだが、世界では格差を埋める努力が積み重ねられてきた。 ではなぜ、いつ、どのようにして世界は男性優位になったのだろうか。 本書は困難かつ根源的なこの問いに、真っ向から切り込んだ快著である。家父長制とは、男性が女性を支配し、抑圧する社会システムのこと。男女は生物学的に違うのだ、太古の昔から男は狩りを女は出産子育てをしてきたのだ……。そんな神話を退(しりぞ)けて著者のアンジェラが向かうのは、多様な生態を持つ霊長類の世界であり、西洋文明と接触する以前の先住民のコミュニティであり、あるいは考古学の研究対象である先史時代だ。 母系社会が二〇世紀初頭まで残っていたインドのケララ州。一七世紀には女性が指導的な役割を担い、知識人として活動していたことがわかっているアメリカ先住民のレナペ族。白人が踏みこむ前の母系社会の広がりにも驚嘆するが、白眉はやはり先史時代だろう。 いまからじつに九千年前、エジプトのピラミッドが建設される五千年も前の新石器時代、世界最古の都市とされるトルコのチャタル・ヒュユク遺跡にアンジェラは注目する。ここから出土した〈座った女性〉の像は「多産の象徴」「女神」とされ、その堂々たる姿から、この集落は女性が支配権を握る母権制社会と考えられてきた。ところが埋葬品や人骨からそれらしき証拠は出ず、考古学者はひとつの結論に達する。この集落は女性優位でも男性優位でもなかった。〈ここに暮らす人々にとって、ジェンダーは大きな関心事ではなかったのかもしれない〉。 通読してわかるのは、世界各地に歴史上存在した社会集団の驚くべき多様性である。それがなぜ男性優位に傾いて地球を席巻(せっけん)するに至ったのか。そのプロセスも単純ではない。〈最も難しかったのは、このテーマをめぐる泥沼のような、膨大な思い込みを解きほぐすことだった〉。私たちがいかに男女二元論に縛られてきたか、である。眠っていた神経が刺激される、目の覚めるような一冊だ。 斎藤美奈子 さいとう・みなこ●文芸評論家 [レビュアー]斎藤美奈子(文芸評論家) さいとう・みなこ 協力:集英社 青春と読書 Book Bang編集部 新潮社
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