“Jリーグ最強の企画屋“に聞く「地域とスポーツのしあわせな関係」(下)
クラブづくりは、クラブの人間だけではできない
大枝 算数ドリルを作っていたおかげで、震災のときにもご縁がありましたね。陸前高田の先生が、教材がないんだけどどうしようと、知り合いの先生に連絡したら、フロンターレが算数ドリル持ってるぞと。 天野 その先生が連絡を一本くれなかったら、この関係はなかったし、復興支援というものを深く考えることもなかったですね。募金活動はやってたと思いますけど。何か動いてると次の道が開ける。一つで終わりじゃないんですね。 大枝 高田の人も、フロンターレをきっかけに、自ら動いていますね。 天野 最初はやっぱり、向こうも「ありがとうございます」という感じで、関係が堅かったのが、一緒に汗をかいてイベントをやりだすと、仲間になってくるので、そこに着手できたことが大きかったですね。 大枝 高田スマイルフェス(※陸前高田市と川崎フロンターレの共催イベント)に昨年7月行かれた方、会場にもけっこういますね。実際フロンターレが行って何かやるだけじゃなくて、向こうの方がけっこう動いてくれる。 天野 フェスをやること自体が目的ではなく、高田の人に汗をかいてもらうっていうシチュエーションを作りださないと。一緒に作る過程が大事だと思って。 大枝 フロンターレのサポーターも、お金を出してボールを買ってあげるのではなくて、自分たちのボールを集めて持って行ったんですよね。サッカーチームがボールを提供して、子供たちとサッカーをやるというのだとよくある話だと思いますが。 天野 僕らがやろうとしていることにプラスアルファで、面白いこと、価値のあることをしてくれるから、フロンターレのサポーターはすごい。試合で応援するだけじゃなくて、こういうところも一緒にやってくれるんですよね。クラブスタッフとサポーターが一緒に動いていると、特別扱いを受けてるんじゃないかとか言われることもありますが、お金も出してないのに、自分の時間をこうやって割いてくれるサポーターって本当にありがたい。クラブのスタッフができる限界ってあるんですよ。クラブづくりとか街づくりって、クラブの人間だけでやっちゃだめなんです。核はクラブで、その熱にだんだんまわりが共鳴して、俺も動くぞっていうものだと僕は思っています。 大枝 ホームゲームだけじゃなく、商店街のイベントなんかでも、ボランティアさんが動いてくれる。 天野 選手が行かなくても、ボランティアの方々の協力でフロンターレの色ができている。それで僕らがのほほんとしてちゃいけなくて、これをやってもらってる代わりに、僕らは違うことができると考えなきゃだめなんです。 大枝 あんパン祭りもありましたね。小林悠選手が、移籍するんじゃないかと噂があった中で「来年もフロンターレでがんばります」と言ってくれて。そしたら、小林選手はアンパンマンの歌が応援歌になってるから、フロンターレサポーターがこぞって「悠ありがとう!」ってあんパンを買うっていう(笑)。ヨーカドーの武蔵小杉駅前店の店長さんが、フロンターレグッズショップにあんパン売り場を作ったんです。 天野 ここで「YU PAN METER」みたいなのを作ったのがミソですよね。あんパンを置いただけだとこんなに売れないけれど、背番号11だから、1万1千個を目標にして、どんどん数字が上がっていくっていう。うまい。 大枝 今日来る前にここに寄ったら、2万1千を超えてましたね(笑)。商店街でも大判焼きとあんパンと、あんトーストで、年末に1,000個ぐらい売ったんですよね。だから川崎市内全域で、一体どれだけあんパンが回ったんだっていう(笑)。 天野 これ、悠と話したんですよ。「知ってる?」って言ったら、「ああ知ってます知ってます」って、「でもこれ僕に一銭も入らないですよね」って(笑)。 大枝 「あんパンの売上の一部は小林悠の年俸に!」とかみなさんいっぱいツイートされてましたね(笑)。 天野 もちろんお金欲しいとかでは全然なくて、すごくありがたがってましたね。フロンターレが企画立ててるわけじゃないんですよ。店長さんの企画でやってるわけですよ。街が僕らから独立して、勝手に企画が進んでいることが大事で、ここでたとえば悠の写真が使われてるから、悠の肖像権がとか、そういうクラブもありますが、そういうのはもういいじゃないかと。地域のために盛り上げようとやってくれてるのが伝わるわけだから、全然ウエルカムだと。やってみてうまくいかなければ考えればいいだけなので。 大枝 そういえば年末に、区役所に大きな旗が出てましたね。 天野 チャンピオンシップに進んだっていうことを、どう捉えるかなんです。ホームゲームが鹿島戦でチケットが完売、そこで喜んで終わっちゃだめで、街が一体になっていることを、メディアに取り上げてもらえるチャンスじゃないですか。話題性を作っておけば、「都心にあるクラブなのに、地域と密着して初タイトルに向かっている」という筋書きができるわけです。勝つことももちろん大事なんですけど、僕らにとって見たら、チャンピオンシップを活用して、いかに地域に密着した愛されたクラブだっていうことを、全国の人に知ってもらうか。その千載一遇のチャンスが来たので、中原区役所ともイトーヨーカドーとも、とにかく動いていくわけです。 大枝 今回お話をさせていただくにあたり、天野さんの巻き込み力は何なんでしょうということで、いろいろ考えていたんですね。昨年Jリーグアウォーズで、横浜F・マリノスのマスコットのマリノスケくんがベストイレブンに選ばれたマリノスの選手に「ごほうびに今度オレンジジュースおごってあげるね!」ってツイートしてたんです。フロンターレも中村憲剛選手が最年長MVPを取ったんですが、ふろん太くんは憲剛選手に「賞金でおごって」と。 同じ日にフロンターレ衣装部のみんなで忘年会をしていて、MVPの発表をテレビで観ていて「やったー!!」って盛り上がったんですね。そこで天野さんがどうしたかっていうと、「みなさんのおかげでMVP獲れました、一杯おごります」って言うのかなと思ったら、「店長ー!憲剛がMVP獲った!なんかくれ」って(笑)。そしたら鯛の舟盛りが出てきて。分かりました、フロンターレは「なんかくれ」なんです。 天野 社風ですね。 大枝 「なんかくれ」とか「なんかやって」って言われると、「何をやろうかな」って考えちゃいますよね。選択権とか主導権をみんなに渡していて、渡された人が主体的にやらないといけなくなる。 天野 責任、やりがいがある、ということ、全然違う分野のいろんな方が関わることが大事ですね。